第11話 婚約者として挨拶を……
翌日。
朝から侍女たちがやってきて、ミアを風呂に入れ上質なドレスを着させた。
そして国王と王妃への謁見の時間となる。
案内されたのは謁見の間。
ミアは緊張で心臓が口から出そうだったが、しっかりしなければと自分を奮い立たせた。
「ミア・カルスト様がお入りです」
その声とともに、扉が開かれる。
通路の奥の上段には国王と王妃が控えていた。通路の左右には王族や大臣、議員が座って一斉にこちらを振り返ってくる。
クラウは国王王妃と共に上段に控えていた。
ミアはゆっくりと進んだ。
「そなたがミアか。話は聞いておるぞ」
「赤い髪と緑の瞳がとても美しいわね。クラウが気に入るのもわかるわ」
国王と王妃は穏やかに話しかけてきた。
「本日は謁見の機会をいただき誠にありがとうございます。ミア・カルストと申します」
ミアが挨拶をすると、クラウが上段から降りてきた。
「父上、母上、皆様におかれましても本日は私の婚約者、ミアに謁見の間を設けていただきありがとうございます。今後、ミアには婚約者として一旦、別館である迎賓の塔に住んでもらい、結婚後は改めて私とともに本館の方へ居を構えたいと思っております」
「そうか。わかった」
「ミアさん、よろしくね」
クラウの宣言に拍手で迎えられる。
ミアは深々と礼を取って挨拶をした。
事前にクラウが了承を得ていたおかげか、謁見はあっさりと好意的な反応で終わった。
部屋に戻ったミアは少しあっけにとられる。
(昨日は緊張してほとんど眠れなかったというのに、こんなにすぐに終わるなんて……)
でも無事に終わってよかったとほっと息をついた。
(しかし、ここは迎賓のための塔だったのね。通りで人がほとんどいないわけだわ)
しかし、ミアが住むことで警備は手厚くなっていた。
――
「ミア、少しいいか?」
「どうぞ」
部屋の扉が開いて、クラウがやってくる。
クラウの後ろには背の高い女性が付いていた。
しかしドレスではなく簡易的な甲冑を胸につけて動きやすいズボン姿だ。
腰には剣を差している。
「ミア、彼女はハザン。王族警備隊だ。今日から彼女が君の護衛に着くことになった。よろしくな」
「ハザンと申します。よろしくお願いいたします」
紹介されると、ハザンは背筋をピッと伸ばして敬礼した。
ミアは慌てて立ち上がってお辞儀をする。
「ミアと申します。ハザンさん、よろしくお願いします」
「護衛兼侍女として身の周りのお世話もいたします。何なりとお申し付けください」
黒い短い髪に生真面目そうな顔で笑顔は少ない。
「ハザンは優秀な護衛だ。安心してなんでも相談しろ」
「はい、ありがとうございます」
クラウはそう言うと、忙しそうに部屋から出て行った。
部屋にはハザンとミアの二人きり。
少し気まずい空気が流れる。
「ミア様、お茶などいかがですか?」
「はい、お願いします」
ハザンが気を利かせてお茶を入れてくれる。
紅茶のいい香りがしてきた。
「ミア様、今後のスケジュールですが結婚式は半年後。それまでにこの国のあらゆることを覚えていただきます。その間に、ドレス選びと寸法、マナー全般も入ってきますのでハードにはなると思いますが」
事前にクラウに話は聞いていたが、結婚式の日取りが意外と早かった。
ミアはもっとかかると思っていたのだ。
それに結婚式までの半年間、覚えることが山積みだった。
(半年でそんなに……? 私にできるかしら……)
ミアは少し不安になったが、やらないわけにはいかない。
これもクラウと結婚するため。
せっかく国王たちを説得してくれたのに、がっかりされるような真似はしたくない。
「わかりました。頑張ります」
そうして私の勉強の日々が始まった。
ミアの勉強には家庭教師が付くことになった。
初老のおじいさんだが権威あるお方らしい。
国の歴史から地理、食べ物や気候、その他多くをわかりやすく教えてくれる。
「ミア様は呑み込みが早いですな」
そう褒められると、やる気もアップした。
「そろそろお茶などいかがですか?」
ハザンはミアが疲れたころ、いつもタイミングよくお茶を出してくれる。
「ハザンさんも一緒に飲みましょうよ」
「いえ、私は…」
「せっかくですから。ね?」
「では少しだけ…」
ミアはハザンのことが少しずつわかってきていた。
初めは取っ付きにくそうだなと思ったが、ハザンはただ真面目な正確なだけだった。
話してみると優しいし気が合うような気がしていた。
その日はクラウに誘われて庭の庭園で昼食を取ろうということになった。
庭には噴水があって過ごしやすい。
「なんだか学校の湖を思い出しますね」
「ハハハ、湖に比べると噴水は小さいけどな。でも、二人でこうして外で食事をすると、ミアにサンドイッチをもらった時のことを思い出すよ」
二人で思い出話に花を咲かせていると、奥の方で話声が聞こえた。
ミアとクラウの護衛達が誰かと話をしている様子だった。
「なにかしら……」
「どうした?」
クラウが声を張り上げて聞くと、人影が現れた。
「ジルズ大臣……」
現れたのは初老の恰幅の良い男性だった。
「いやいや、近くを通りかかったものですからご挨拶をと思いまして」
「それはありがとうございます。ミア、彼はジルズ文化大臣だ」
「初めまして、ミア様」
ニヤッとした笑顔であいさつをされる。
ミアもドレスの裾をつまみ、挨拶を返した。
「ミアと申します。よろしくお願いいたします」
「おや、ちゃんと学ばれているようですなぁ!」
ミアの挨拶に褒めているのか嫌味を言っているのかわからない笑顔でそう言った。
クラウは表情が硬いままだ。
「クラウ様が他国に結婚したい娘がいると急に言ってきた時には驚きましたがね。お美しいお嬢さんだ」
「ジルズ大臣……。お話はあとで伺いますが……」
「こんなにお美しいお嬢さんがお相手なら、うちの娘に勝ち目はございませんなぁ! 婚約破棄されて当然です」
「え……?」
ミアは目を丸くする。
(婚約破棄……? どういうこと? クラウ様には婚約者がいたの?)
ミアがクラウを見上げると、クラウはジルズを厳しい目で見ていた。
「カルノ殿との婚約は私が留学へ行く前にお断りしていたはずです。それを認めず話を引き延ばしていたのは大臣の方ではありませんか。そんな話、ミアの前では止めていただきたい」
「そうでしたな。いやいや、カルノが王子の婚約を知って涙に暮れておりまして、親としてもどうにか王子に考え直しをと思いましたが、余計なことのようでした」
ジルズは好き勝手言うと、来た道を戻って行った。
残されたミアとクラウには気まずい空気が流れる。
「嫌な思いさせてごめん」
「いいえ。あの、婚約者がいたというのは……?」
一国の王子だ。婚約者くらいいたって当然のことだろう。
しかし、ミアは不安な気持ちを隠せなかった。
「ジルズ大臣の一人娘のカルノが俺の婚約者だった。というか、年が近いからごり押しで選出されたに近いけど……。俺は彼女と結婚する気はなかったから留学前に婚約破棄を申し出たんだが、カルノ側が認めなくて引き延ばされていた。そこに、俺がミアとの結婚話を持ち帰ったものだから……」
「だからああして嫌味を……?」
「……嫌味だけならまだいい。少なからず、他国の、しかも一般の娘との結婚を快く思っていない人もいるんだ。反対派一派はミアに危害を加えるかもしれない」
(だからハザンさんを私につけたのね)
合点が行って、ハザンをチラッと見るとすでにハザンは説明されていたのかミア達の話を静かに聞いていた。
「結婚を承認しても思い直して反対派に回ることもある。いくら城内とはいえ、大臣、議員、使用人ら多くの人が出入りする。身元は十分に分かっているし、安全なはずなのだが……。十分に気を付けてほしい」
クラウの言葉に、硬い表情のまま深く頷いた。
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