第9話 愛しき人の正体は……

突如、後ろからそう声をかけられてミアの腕を掴む人がいた。

ミアは驚いて顔を上げ、後ろを振り返る。

その姿に言葉をなくした。


「どうして……」

「探した、ミア」


そこにはクラウが微笑んで立っていたのだ。

クラウはそのままミアを抱きしめる。


「ク、クラウ様……!」

「やっと見つけたぞ。卒業後は俺を頼れと言っただろう?」


ホッとした様子のクラウ。

ミアはこの状況が理解できず、ただ顔を赤くした。

背の高いクラウに抱きしめられると、すっぽりとその腕に収まってしまう。

ドキドキして心臓が飛び出そうだった。

すると、クラウの肩越しから、見たことがある人物が顔を出した。


「あなたは……」

「先日はどうも。私はクラウ様の側近で、フェルズと申します」


フェルズと名乗ったその人は、先日ミアがめまいを起こした時に助けてくれた眼鏡の男性だった。


「え……、どういうことですか?」

「俺はずっとミアを探していたんだ。そしたら、フェルズが助けた女性がミアと呼ばれていたと教えてくれてね」


フェルズは優しく笑顔を向けた。


「ミア様を探しに、この国に定期的にやってきていたのです。見つかって良かったですよ」


フェルズは笑いながらはぁ~と安堵のため息をついて見せる。

クラウはミアの肩を抱きながら女将さんに目線を向けた。


「ミアはクビでよろしいんですよね?」

「えっ……、 あぁ、そうだよ……」


唖然とした顔で見ていた女将さんは、急に話しかけられてハッとした顔になった。


「そうだ。女将さん、私は見ていましたけどミア様はこの夫人に埃などかけていませんでしたよ? 夫人が馬車から降りて、ミア様を侮蔑していたようです」


そう言われると、サラサはムッとした顔になり鼻を鳴らした。


「なんですの? 急に失礼ではありませんか?」


指摘されたサラサは顔をそむけた。

するとそこに「サラサ、どうしたんだい?」と声をかける男性が現れた。

サラサはパッと顔色を変えて、泣きそうな表情で男性に駆けよる。


「カズバン様~、助けて~、酷いのよ!」

「何があった? サラサが通りで揉めていると耳にしてね。駆け付けたよ」


カズバンは悲し気な妻をよしよしと慰める。

そういえば、カズバンはすぐそこの高級料理店で会談していた。

気が付けば通りはちらほら野次馬が興味深そうにこちらを見ていた。


「私はなにもしていないのに、あの人達が私を悪者のように言うの! 処分を下して頂戴! 私を誰だと思っているのかしら!」


サラサがクラウたちを指さし、そう言った。


「何? 誰が一体……」


カズバンが険しい顔でこちらを見た途端、言葉を詰まらせた。


「あ、あなた様は……!!」


カズバンは驚愕の声を上げて、慌てて地面に膝をついて礼をしたのだ。


「え……? カズバン様? 何をして……」

「サラサ! お前は何をしているんだ? このお方を知らないのか?」


カズバンは小さな声でサラサを叱責する。

そして、クラウを青い顔で見つめて行った。


「妻の暴言、平にご容赦くださいませ!」


王位継承第10位の公爵であるカズバンがクラウに頭を下げている。

サラサだけでなく、ミアもその場にいた人たちも混乱した表情をしていた。


「カズバン殿。聡明なあなたが妻の言だけを信じるなど、あなたらしくありませんね」


クラウは落ち着いた声で、そうカズバンに指摘する。


「申し訳ありません! 妻には言って聞かせますので……」


カズバンが謝ると、サラサは焦ったように言った。


「どうしてあなたが謝るのよ!?」

「お前は、このお方が誰かまだわからないのか!? このお方は、カラスタンド王国第一王子、クラウ様だぞ!!」


カズバンの言葉に、その場の人たちが言葉を失った。


「え……、カラスタンド王国の第一王子……?」

「そうだ! 俺なんかよりも身分が高い! 次期国王陛下様だ! お前は隣国にケンカを売るつもりか!?」

「そ、そんな……」


サラサは一気に真っ青になる。

ミアも驚いて傍らに立つクラウを見上げる。

クラウは穏やかにミアを見下ろした。


「クラウ様が王子殿下……?」

「黙っているつもりはなかったんだけど、言うタイミングがなくて……。驚かせて悪かった」


苦笑するクラウにミアは慌てる。


「私、クラウ様が王子殿下だと知らなくて気軽に話を……」

「いいんだよ、それで。俺は素でミアと過ごせた。それが心地よかったんだ」

「クラウ様……」

「ミア、俺はお前を国に連れて帰りたい。お前を妃に迎えたいんだ」


(妃……? クラウ様と結婚するということ?)


「初めからそのつもりで、卒業後に俺に連絡しろと言ったんだ」


クラウの言葉にミアはいつの間にか涙を流していた。

妃になるのが嫌なのではない。

妃になるのが嬉しいのではない。

クラウが自分と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しいのだ。


「ミアが妃ですって……?」


水を差したのはサラサの鋭い声だった。

サラサは驚愕した顔でこちらを見ている。


「嘘よ……。あんたなんかが妃になれるわけないじゃない!」

「やめろ! サラサ!」


カズバンは慌てて制止をかける。

サラサは美しい顔に似合わない形相でミアを睨んでいた。


「サラサ、何を言っているんだ。ミア殿はお前の異母妹だろう? 一緒に仲良く暮らしていたじゃないか」


カズバンの言葉にサラサは反論したそうにするが、カズバンはジッとサラサを見つめる。

その目は、今後のためにも仲良くしておけという意味が込められていることにミアも気が付いた。

計算高いサラサはすぐさま笑顔を作った。


「ミア、姉としてお祝いを言うわ。おめでとう。あなたが結婚するなんて思わなくて驚いてしまったわ」


白々しい言葉にミアはため息をつく。

もう関係ないと追い出したのは誰であったか。


「これからも仲良くしましょうね」

「仲良く……?」


ミアはサラサの図々しさに言葉を失った。

すると、その様子を見ていフェルズが厳しい声で言った。


「わが国で調べたところ、ミア様は孤立無援。異母姉妹などいないと聞いていますが?」

「……! それは間違いよ!」

「間違い……、ねぇ? それは知らなかった。どうやら我が国の調査が甘かったようだ。姉がいたのかい? ミア」


クラウはどこか芝居がかった口調だ。

クラウの意図に気が付いたミアは首を横に振る。


「いいえ。私はミア・カルスト。兄弟姉妹はおりません。サラサ様は私には何も関係ないお方ですわ」


そう言うと、サラサは愕然とした顔をしていた。

きっぱりと関係ないと言われたのだ。

いつも下に見ていたミアが自分より上の立場になる。

悔しさで美しい顔が酷く歪んでいた。

ミアはこの時初めて、心がスッとしてサラサに対してザマァミロといった感情を持ったのだった。



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