第7話 さよならと決めた日

そして、あっという間にひと月が立った。

クラウの留学が終わり、カラスタンド王国へ帰る時が来てしまったのだ。

クラウとミアは寄り添って湖を眺める。

今日がこうしてクラウに会える最後の日となったのだ。


「この国はいかがでしたか?」

「あぁ、いい国だった。ここで得たことを国に持ち帰って役立てるよ」

「それは良かった……」


微笑むが、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。


(寂しいし、悲しいけれど泣いたらクラウ様を困らせてしまうわ……)


ミアは泣かないように気を張っていた。


「そろそろ、戻らないと……」

「はい……」


クラウの呟きに頷く。

抜け道へと続く茂みの前で、クラウは足を止めてミアを振り返った。


「先日言ったこと、覚えているか?」

「え?」

「卒業後は俺を頼ってほしい、と話しただろう?」


ミアは微笑んで頷いた。


「はい、覚えています。卒業したら、カラスタンド王国へ参ります」

「そうしたら、国境警備の者にクラウに会いたいと伝えてくれ。俺の元へ通すよう、話をつけておくから」

「わかりました」

「俺もお前を迎えておく準備はしておくから……。それまでは辛くても頑張れ」


クラウの励ましに、ミアは笑った。


「大丈夫です。私、こう見えて強いんですよ?」

「知っている。強くて賢い。でも、本当は寂しがり屋だ」


苦笑しながらミアの頬を優しく撫でる。


「待っている。じゃぁな……」

「はい……。ごきげんよう、クラウ様」


スカートの裾をもって挨拶をすると、クラウは微笑みながら茂みをかき分けて生垣の向こうへと戻って行った。


「……さようなら、クラウ様」


ミアは小さく呟いて、流れてくる涙をそっとぬぐった。

ミアはクラウを頼らないと決めていた。

クラウに迷惑がかかる。

だからこそ、簡単に頼れないとわかっていたのだ。


(クラウ様に会えたこと、一生忘れません)


ミアはクラウとの日々を心の励みにして過ごしていったのだった。


半年後。


動きやすいワンピース姿のミアは、必要最低限の荷物を鞄に詰めて、がらんとした部屋を見渡す。

今日でこの部屋ともお別れだ。


「あら? まだいたの?」


姉のサラサはミアの部屋の前を通りかかると、そう冷たく言い放った。


「お姉様、二年間お世話になりました」


そう言って頭を下げると、大きくため息をつかれた。


「やっといなくなってくれて清々するわ。私の結婚式の前に出て言ってくれて良かった。愛人の娘が式に参列するとか、我が家の汚点でしかないもの」


来月結婚式を控えたサラサは嬉しそうに言った。


「もう二度と、レスカルト家の娘を名乗らないで頂戴。今後はうちとはもう関係ないのだからね」


フンと鼻を鳴らすと、サラサは部屋から出て行った。

この嫌味も今日で最後か。

それに関してだけは、ミアも清々していた。


「もう行かなくては……」


荷物を持って、玄関まで行く。

お世話をしてくれた使用人たちは名残惜しそうに泣いてくれた。

しかし、父と母、姉は見送りにすら来なかったのである。


家の門をくぐって、ミアは大きく息を吸った。

これからはまた、ミア・レスカルトではなくミア・カルストとして生きていくのだ。

仕事は城下町の飯屋で住み込みとして働かせてもらうことが決まった。

ミアが直談判しに行ったのだ。

正直、いい顔はされなかった。

明らかに事情がありそうな娘を雇うのは面倒だといったところだ。

しかし、ミアが必死にお願いをし続け、やっと頷いてもらえた働き口だ。

これから頑張っていかねばならない。


「働き口があるだけまだいいわね」


そう気持ちを前向きにさせて、ミアは顔を上げた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る