第6話 身分違いになるなら……
社交界でのクラウとの出来事は父や姉サラサには言いたくなかった。
そのため「どうだった」と聞かれても、ミアは黙るしかなかった。
そんなミアに父と姉は露骨にため息をつく。
「ミア、お父様が何のためにあなたを社交界に行かせたと思っているのかしら。本当、何もできない愚図ね。お父様、この娘に期待しても無駄ですわ。相手を見つけたところでどうせたいしたことないでしょうし。私が王族の身内と婚約したのですから、それで満足でしょう?」
サラサは一気に父にそう捲し立てた。
父も深く頷く。
「お前はもう少し期待できる奴だと思っていたが、やはり母同様にただの庶民だったな」
(その庶民を愛したのはあなたでしょう? お父様……)
そう言ってやりたかったが、奥で義母がこちらを睨んでいるので黙っていた。
「ミア、お前は卒業したらこの家を出て働きに出なさい。もう好きに生きればいい。わしはお前が何していようがもう関与はしない。もちろん、お前もこちらに関与しなくていいから」
「え……」
父の言葉に目を丸くした。
「働きに出る……?」
「やだわ、ミア。良い所へ結婚もできないあなたをこの家に置くメリットがどこにあるの?」
サラサはミアをバカにしたように笑った。
(働きに出されるだけでなく、一切関与しないだなんて……)
これはある意味、絶縁を言い渡されたに近い。
結婚が決まらなければ家事手伝いをして結婚のチャンスをうかがう。
他の家と同様の扱いを受けられるものだとばかり思っていたが、甘かった。
家を出され、疎遠になるとまでは思っていなかった。
驚いているミアに、サラサはニヤリと笑う。
「ミアは賢いもの。一人で生きていくことなんて余裕よね。残念だけど、一時でも姉妹でいられて楽しかったわ~」
全くそう思っていなさそうな口調で高らかに笑う。
(どうにかしてあと半年で仕事を見つけて働かなければならないわ……)
何ができるだろうかと考える。
学校にはもちろん就職先の案内など来ないし、そもそもこの国は女性の働き口が少ない。
生まれ故郷に戻るにしても、貧しい村だったので働き口はない。
「どうしたらいいのかしら……」
途方に暮れてしまった。
でもまだなんとか時間はあるし、さすがに父も働き口がない状態で放り出したりしないだろう。
そう思った。
――――
今日も午前の授業が終わると急いで湖へ向かった。
今日は食堂で昼食の受け取りが遅くなってしまった。
足早に向かうと木の木陰でクラウが本を読んでいた。
「クラウ様」
「ミア、大丈夫か? 息が切れているぞ」
ミアの様子にクラウが苦笑する。
「クラウ様、お昼食べましたか? 今日は多めに持ってきたのでよかったらご一緒しませんか?」
ミアは持ってきたバスケットを掲げる。
そう、今日は一緒に食べようと多めに食堂で作ってもらった。
だから遅れてしまったのだ。
「ありがとう。ちょうどお腹が空いていたころなんだ」
クラウは嬉しそうに笑顔になり、二人でサンドイッチを頬張る。
社交界の後で、ドキドキしていたがクラウがいつも通りだったのでミアはホッとした。
「ミア、頬についている」
クラウはミアの頬に付いたパンくずを取ってくれた。
ミアは真っ赤になりながら小さな声でお礼を伝える。
「ありがとうございます。食い意地はった子供みたいで恥ずかしい」
「そんなことはない。これ美味しいからな、気持ちはわかる」
クラウの優しさにますます恥ずかしくなる。
デザートのフルーツも二人で食べる。
「うちの国では今は柑橘系の季節なんだ。今度ミアにも食べさせてあげたいな」
「カラスタンド王国……。行ってみたい……」
「ミア?」
ミアの呟きにクラウが心配そうに覗き込む。
俯いたミアを覗き込んだクラウと目が合ってハッとする。
「何かあったのか?」
「あ、いえ……」
誤魔化すように微笑むが、クラウはジッとミアを見つめた。
見透かすような瞳が少し怖い。
「……カラスタンド王国は女性も多く働いているんですよね?」
「あぁ、女性の社会進出はここよりは進んでいるかもな。需要もある」
「私のような他国の女が働くことはできますか?」
そう聞くと、クラウは面食らったような顔になる。
「もちろん、他国の女性も働き口はあるが……、ミア? 働きたいのか?」
「働かなくてはならなくなりました」
えへへと笑い、事情を話す。
クラウは顔色を変えた。
「レスカルト公爵がそう言ったのか?」
「はい。でも仕方ないんです。私は愛人の娘……。母が亡くなって、こうして引き取ってもらっただけでもありがたいんです」
そうだ、だから高望みしてはならなかった。
自分が公爵令嬢だと勘違いしてはならなかったのだ。
「愛人の娘であっても、君はレスカルト公爵の娘だ。公爵令嬢であることには変わりない。公爵令嬢が学校を出て一般のように働くなんて聞いたことがない」
「そうですね、だから私は半年後には公爵令嬢ではなくなります。母の娘、ミア・カルストに戻るんです。そうしたら公爵令嬢でもなんでもないでしょう?」
ふふと笑うと、クラウは俯いて目元を押さえた。
「……ミア、卒業したらカラスタンド王国に来るといい。君がこの国にいたら俺は何も手助けは出来ないが、うちの国に来れば力は貸せる」
「クラウ様……」
ミアはクラウの気持ちが嬉しかった。
ミアを助けようと考えてくれたことに感激したのだ。
「ありがとうございます。働き口が見つからず、どうにもならなくなったらカラスタンド王国へ行くかもしれません」
少し冗談めかして言うが、クラウの表情は真剣だった。
「あぁ、必ず来い。俺はいつでも待っているからな」
クラウはそっとミアの髪を撫でた。
「本当に……、頼ってしまうかもしれませんよ?」
「あぁ、存分に頼ってくれ。ミア、俺はお前を一人にしたくない」
「クラウ様……」
クラウの優しい言葉にミアは自然と涙がこぼれた。
(その温かい言葉をいただけただけで、ミアは満足です)
ミアは心の中でそう返事をした。
クラウはきっとカラスタンド王国でも爵位ある家柄だろう。
そんな人に、家柄も何もかも無くしたミアが頼るわけにはいかなかった。
ミアはクラウのことが好きになっていた。
しかし、国も違えば、半年後に身分も違くなる。
そんな相手に思いは告げられない。
今、こうして与えてもらえる温かさを心にしまっておこうと決めた。
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