第3話 クラウという不思議な人
ミアはその日一日、クラウのことが頭から離れなかった。
社交界などで会う男性と雰囲気が違う。
「格好良かったわ……」
見ほれてしまうほどのルックス。
あれほど素敵な外見の人は見たことがなかった。
なにより――。
ミアの身分や家柄を気にせずに気軽に話しかけてくるし、服が汚れていても気にしていなかった。
ミアはクラウのことが気になって仕方なかったのだ。
「ミア、聞いているのか?」
そう父に声をかけられて、ハッとした。
食事の席で父がミアをじっと見ている。
サラサはキッと睨んでいた。
「ミア! お父様が話しかけているのだからちゃんと答えなさい! 本当に愚図ね」
「も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げると、父はため息をついた。
「ミア、今度の社交界はサラサではなくお前が行きなさい」
「私ですか?」
ミアは驚いた。
一度、引き取られてから社交界に出たことはあるがそれ一度きりで、基本はサラサが出席していた。
「本当は私が行く予定だったのよ。でも婚約中だし、その日はカズバン様と食事をする予定なの。行けるわけがないでしょう? あなただと役不足で心配だけどせいぜい恥をかかないようにやりなさい」
サラサは不満そうな顔をしながらそう言った。
「お前も、社交界で顔を売って見初められて来い。そうすれば将来は安泰だ」
「やぁだ、お父様。この子がそう簡単にいくわけがないでしょう? 社会勉強くらいにしかならないわ」
「しかし、卒業まで半年を切った。そろそろ嫁ぎ先を決めねばならない。この社交界で良き相手が見つかるのが一番だ」
「それはどうかしらね」
クスクス笑うサラサはミアに「ねぇ、せめて我が家の恥にならないように頑張るのよ?」と言い放った。
「承知しました」
ミアは小さな声で呟く。
正直、社交界などの場は苦手だった。
初めて行ったときは、サラサについて回るだけでほとんど会話なんてできていない。
サラサは派手なことが好きだけど、ミアは読書をしたり景色を眺めたりという静かなことの方が好きだった。
しかし父の命令となっては行かないといけない。
渋々頷くしかなかった。
行きたくないと思っても、それはかなわない。
そんな時は、お昼はいつもの湖で過ごして心を癒すことに専念した。
自然な空気を胸いっぱいに吸い込めば、社交界への不安も軽減される。
この日も午前の授業が終わると早々に昼食をもって湖までやってきた。
「あら、久しぶりね」
ミアは足元にやってきたうさぎに声をかけた。
「待っていて。サラダのニンジンを上げるわ」
バスケットからサラダに入っているニンジンを取って渡す。
うさぎはそれを咥えると走り去っていった。
「かわいいな」
後ろから声をかけられて、ミアはバッと振り返った。
そこにはクラウの姿があった。
「驚いた……。またあなた……。あの、ここはマリージュ学院の敷地なのよ? もし男子生徒がいるなんて知られたら……」
「大丈夫。ここは滅多に人は来ないだろう? 誰か気配がしたらすぐに隠れるし心配ない」
クラウはミアの隣に座った。
「そんな警戒するな。取って食ったりはしないから安心しろ」
「べ、別に警戒なんて……」
ミアは赤くなって顔をそむけた。
男性と二人になるなんて今までになかったからどうしていいのかわからない。
「ここは一番美しい景色だよな。ザーランド学院からも湖は見えるが、ここまで綺麗には映らない。本当にこの国は景色が綺麗だ」
「……カラスタンド王国も発展していて素晴らしい国ですわ。それに比べたらこの国など田舎臭いでしょう?」
自嘲気味に笑うと、クラウは首を振った。
「田舎臭い? どこがだ。自然と文明がちょうどよく混ざっている。我が国は文明ばかりが進んでいて、自然が足りない。バランスがうまく保たれていないのだろうな。大国だと言われても、俺はこの国の方が素晴らしいと思うよ」
言葉を選ぶわけでもない、ストレートな言い方にミアは心が温かくなった。
「……ありがとうございます。私もこの景色がお気に入りなんです。他国の方に気に入ってもらえて嬉しいです」
ニッコリ笑うと、クラウも微笑んだ。
「ミアの赤毛に緑色の瞳が自然の色に同化してさらに美しい」
「え……」
クラウに美しいと言われ、カァァと顔が熱くなった。
「クラウ様はお世辞がお上手ですね」
「お世辞ではないけどな。この国の人はいろんな髪色が多いな?」
「えぇ。基本的に金、赤、ブラウン、黒が多いですね。カラスタンド王国はクラウ様のようにブラウン系が多いんですか?」
「うちの国はブラウン、黒、アッシュ系など暗めの色が多いな。もちろん金や赤もいるが割合的には少ない。ミアのように美しい赤も少ないな」
クラウはミアの髪をサラッと撫でた。
その自然なしぐさにミアはドキドキしてしまう。
「あぁ、もう行かなくては。ミア、明日の昼もここに来るか?」
「はい、そのつもりです」
「では、また明日、この国のいろんなことを教えてほしい」
「私で良ければ、いいですよ」
そう答えると、クラウは笑って茂みの中へと消えて行った。
ミアは自分の胸をそっと抑える。
「クラウ様は本当に不思議な方だわ……」
まだドキドキと鳴っている。
ミアはクラウともっと話がしたいと思った。
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