第24話 告白

 最上階まで辿りつき、町田公民館のホールを見た。階下に降りて、ギャラリーコーナーやカフェスペース、生涯学習センターなども見て回る。しかし黒髪の少女の姿はない。さらに下に降りて、レストランスペース。その下の、先程までいたサロンスペースも回ったが、姿は見えなかった。


「……みるくがいるのは、ファッションコーナー……?」


 花蓮が言う。僕達は頷き、さらに階下へと降りて行った。町田109らしい、華やかな店が並ぶ。そのどれもが女性ものの服だった。永遠音と花蓮は興味無さそうに、事務的にフロアを見て回っていたが、都さんだけはあちらこちらに視線を向け、ときどき楽しそうな表情さえ見せた。


「……欲しい服でもあった?」

「あ! い、いえ。……その、わたくし、服を買った事がないので……」

「え? こういうところで、とかじゃなくって?」

「はい……。まったく、です。服はいつも、父が買い与えてくれますので……」


 筋金入りのお嬢様というのも大変なのだなと改めて思った。正直男の僕には分からない感覚だが、妹も姉も、洋服の買い物を本当に楽しそうにする。買わなくても、ただ見るだけで幸せな気持ちになるらしい。


「ねえ、いつか――」

「このフロアにはいないな。下に降りるぞ」


 一緒に買い物でも行けたらいいねと口にしたかったが、ジミィの指示が飛んだ。こんなところで言う言葉じゃないなと僕は思い直し、素直にエスカレーターへと向かった。

 次の階には洋服だけでなく、いくつかのアクセサリーショップもあった。三百九十円均一ショップや、おしゃれカツラのコーナーだ。


「あっは」


 永遠音がなぜか楽しそうに、茶髪カールのカツラをかぶる。「あんまりふざけるなっ」と割と真剣にジミィに怒られていた。

 さらに階下に降りる。再び洋服フロアとなった。上の階の服と比べて、なんとなく値段設定が安いような気がした。


「……安くて可愛い……」


 意外にも、花蓮がそんなことを言う。


「たくさん金もらってるだろうに」


 嫌味のように、ジミィが返す。花蓮はとくにムッとした様子もなく、


「……給料はたくさん。でも貯金……」

「ふーん」

「……貴方との結婚資金」

「ぶっ」


 ジミィが吹き出し、そのあとゴホゴホと数回むせた。僕と都さんはぽかんと口を開いていて、永遠音は、「わーいっ。らっぶらっぶだ~。ニッコニッコだーーっ」と笑っている。


「おま……っ。ふざけんなよ、花蓮」

「……ふざけてない」

「……たく」


 恨みがましい視線を、ジミィは花蓮に向けた。この二人の関係は、どうやら花蓮が一方的な好意を向けていて、ジミィはそれに戸惑っているという感じらしい。このゲームの中において、それは奇妙な感情のように思えた。


「下に降りるぞ」とジミィがいって、僕たちは最初の一階へとたどり着いた。フロアに開店待ちの客がいる。人数が増えていた。お洒落で茶髪な垢抜けた印象の女の子が多い。そんな客たちを避けながら、僕たちは進む。シャッターが上がっていて、靴や帽子を売る店がある。


「ぐあああああああッ」


 断末魔が聞こえたのは、そのときだった。隣の都さんと、一緒に振り返る。そこには瑠璃色の頭と、唖然とした花蓮。そして、血まみれで倒れるジミィの姿があった。


「え――?」


 そしてそばには、茶髪ロングをなびかせた、花柄のワンピースを着た少女。足元はサンダルで……と、そこまで考えたところでようやく気がついた。


「……雛乃……ッ」


 ブワンと起動音がして、今まで武器を出していなかった永遠音が彼女に飛びかかった。彼女の手には、巨大な斧が握られていた。あの大きさでは確かに――陣形の真ん中では、出せないだろう。


「殺すのです?」


 永遠音がブンッと斧を振り回す。雛乃はそれを避けた。長い茶髪がバッサリと切れたが、そんなことはどうでもいいことなのだろう。特に気にした風もなく、彼女は西洋剣を片手に突っ込んで――


「鈴緒(すずお)……? ねぇ、ねぇ……」


 ジミィの死体のそばでうずくまる、花蓮にその刃を向けた。


「危ないっ!」


 僕の叫び声に、花蓮はハッと顔を上げた。けれど――もう遅い。


「あっ」


 プシュッと何かが弾ける音がして、花蓮の首が切断された。勢い良く頚動脈から血が吹き出す。そこからの雛乃の行動は、逃走だった。片手でウィッグを外し、それを投げ捨てて彼女は僕らに背を向けた。

 町田109にあった豊富な衣装と、ウィッグ。思えば、彼女のシンプルすぎる服装も、このための伏線だったのかもしれない。


「まてーっ!」


 永遠音がその背中を追いかけ出す。


「おい! 待て永遠音!」


 叫んだが、彼女は止まらなかった。猪突猛進に、雛乃を追いかけ続けている。追いかける気力もなく、僕は視線を花蓮とジミィに向けていた。

 見たくなんて――なかった。

 けれど、自然と釘付けになってしまう。それは、どうしようもない赤色だった。


 花蓮の愛らしい顔は、切断された首に悲しみの表情で張りついていた。もしもこれが現実ならば、彼女の死はセンセーショナルすぎる。連日のようにテレビを占拠するのだろう。ジミィの死体は、彼女に比べれば幾分かマシだった。首筋に深く入った切れ込みによって、彼は死んでいた。完全に不意を疲れたためだろう。表情は驚きのみが浮かんでいた。二人の死体は、重なるように倒れている。流れ続ける血は混ざり合い、それはあまりに不謹慎な感想だが、ひとつの芸術作品のような雰囲気すらあった。


「くそっ」


 震えている。けれど、前回より幾分かはマシだった。まだ、立っていられる。僕は、戦える。

 ガッ。

 脳みそが揺れた。


「え――っ、と……」


 ぼやけた頭と視界で、背後を振り返る。そこには涙を浮かべた、都さんの姿があった。

 彼女の手には――鎖鎌が、握られている。重りの部分には、べったりと血がついていた。ああ、あれは僕の血だと気付いたとき、一瞬で顔面が蒼白になった。


「ごめんなさい」


 都さんが呟く。彼女の瞳はためらいが見て取れた。伏し目がちで、泳いでいて、そして、涙を浮かべたモスグリーンの瞳。


「わたくしは……あなたを、殺します。消えたくないから……ごめんなさい」


 彼女の言葉は、こんな状況なのにやけに真摯だった。笑顔が浮かぶ。一緒に食べたケーキ。一緒に見た映画。一緒に過ごした時間。


「こんなときに言うのもなんなのですが、わたくし、あなたを…………いえ、やめておきましょう」


 都さんはぎゅっと、鎖鎌を構え直した。


「本当に、ごめんなさい」


 ああ、と、僕は思った。

 これは――抵抗する気も、起きない。

 それこそが彼女の策略だったのかもしれないけれど、この試合で負けても多分僕は消えない。けれど、都さんは消える。ならば彼女の為に死ぬのも――悪くはない。


 そんなことを思ってしまうほど、彼女に、僕は同情してしまっていた。

 都さんが鎌の部分を持ち上げる。彼女は、僕に止めを指すつもりだ。

 一直線に、僕の首元へと鎖鎌の刃が――――


「んぁっ」


 刺さらなかった。軽い叫び声が背後から聞こえ、僕の身体は唐突に吹き飛ばされた。ああ、永遠音が帰ってきて、僕をかばってくれたのか。

 そう思い、顔を上げると――


「え……雛乃?」


 そこに立っていたのは、花柄のワンピースを着た黒髪の少女だった。背中の部分から、値札が出ている。それが妙にまぬけに見えるが、ワンピースは血に染まっていた。


「……みるくさん? このゲームは、悪魔同士で優劣はつきませんわよ? どちらがトドメを差そうと、ポイントは同じですわ……」


 掠れる声で都さんが言う。けれど雛乃は西洋刀の切っ先をビシリと都さんに向け

た。


「そんなこと、関係ない」


 はっきりとした断定を口にする。


「私が殺す」


 そして――彼女はそう言った。

 身体中の血が、底冷えするのを感じた。雛乃が、あの雛乃が、僕に明確すぎるほどの殺意を向けている――。


「私が殺すの。彼は、荒木直也は私が殺す」

「……分かりましたわ。どうぞ。……わたくしも、そちらの方が、気が楽ですわ」


 都さんは、そんなことを言う。

 雛乃は、「何を言っているの?」とばかりに肩をすくめて首をかしげた。


「私、あなたにも死んでもらいたい」

「え――? そ、そんなことしてもポイントは――」

「ポイントなんて関係ない。あなたは直也を誘惑した。だから、死んでもらう」

「は――?」


 思わず声がでた。雛乃は、そんな僕に視線を向けてきた。

 それは――狂ったような、据わりきった瞳だった。


「直也。私見てたんだよ? 気づいていなかった? この女と、楽しそうにしてたよねぇ。ケーキを食べたり映画をみたり」


 ゾワッとした。

 都さんとのデートの最中、何度も感じた突き刺すような視線がよみがえる。


「ねえ直也、この女を殺して? 大丈夫。私が抑えてあげる」

「え――?」

「み、みるくさん? あなた、一体なにを――」

「黙れ雌豚ッ!」

「ひっ」


 キッと視線を向けての咆哮に、都さんが肩を震わせた。雛乃の瞳は血走っている。なのに、それが再び僕の方へと向けられたとき、彼女は驚くほどの笑顔だった。


「ね、直也。この女を殺して? そしたら、私はあなたを許してあげられる。それから、私に殺されて? 大丈夫だよ。この女を殺してから私に殺されれば、直也のポイントは変わらないから。私がゲームをクリアしたら、どうせ直也は生き返るんだろうけど、その前に消えるのも悲しいもんね」

「雛乃……? おまえ一体……?」


 彼女が浮かべているのは、穏やかな笑顔だった。いっそ、安らかそうなと言えるほど。

 だからこそ、それは――この血だらけの世界で、ひどく歪なものだった。


「ねえ直也。私ね――君の事が大好きなんだよ?」

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