第25話 結果発表
それは、唐突な愛の告白だった。
嬉しいはずのその言葉なのに、この状況がそうはさせない。
彼女は血まみれのワンピースと、血まみれの西洋刀を手に、いっそ芝居がかったほど饒舌に口を動かす。
「だからこのゲームをクリアして、私は絶対に裏切らない直也をもらうの。そして、二人で一緒に暮らすんだよ? 幸せだと思わない? 私を殺さないし、他の女と遊びになんて行かない。いつでも私の味方でいてくれるし、私以外の味方なんてしない。そんな直也がいる世界を、私はこのゲームで手に入れる」
「く、狂ってますわ……」
都さんが呟く。雛乃はその言葉を受けてか、何故か「くくく」と笑い始めた。
「私、狂ってないよぉ? 大好きな人とずっといたいと思って何が悪いのかな? その希望が打ち破られた後、努力するのは悪いことかな?」
「努力……」
「そう! 例えば、人を殺したり!」
ブンッと雛乃が素振りをする。まだ乾ききっていなかった血が、僕の頬に飛沫してきた。この血は――一体、誰の血だ? ジミィか、花蓮か、それとも永遠音か。
「と、いうわけで」
雛乃が再び、切っ先で都さんを指し示した。
「直也、早いとこ、この女を殺して? そうすれば、ポイントが加点されるから」
彼女は、晴れやかな笑顔でそう言った。
僕はわけが分からず、都さんと雛乃の顔を交互に見遣った。都さんは怯えているようだった。雛乃は、にこやかなままだった。
僕は泣き出しそうな都さんの顔を数秒眺めてから、ギュッと拳を握り、口を開いた。
「ひ、雛乃……」
「なあに、直也?」
「都さんは……消えてしまうんだ。このゲームに負けたら、消えて――」
「それがどうかしたの? 私と直也に関係のあることかな?」
試みた説得は不発だった。何を、どうすれば良いのか分からない。
そもそも、雛乃はこんなことをする人間じゃないはずなのに。そんなことを言う人間じゃないはずなのに。
まるで――本物の、悪魔のようだと僕は思った。
「さ、はやく」
雛乃が促す。僕は手に持ったままの日本刀の切っ先を眺めた。
この状況で、獲れる選択肢がいくつある?
雛乃のいう通りに、都さんを殺す。逃げる。雛乃を殺す。都さんと一緒に雛乃を殺す。
いくつかあげたそのどれもを――僕は、選びたくなかった。
「はーやーくぅ‼」
雛乃が咆哮をあげる。それは、怒りのように見えた。
「ねえ、なんなの!? 私とこの女と、どっちが大切かなんて一瞬で出るでしょ? 私は直也の幼馴染なんだよ? ずっとずーっと一緒にいたよね!? 十年以上も!」
年月で二人の仲を図るのに、どれほどの意味があるというのだろう。
そんな反論を、口にできるわけも勿論ない。
冷や汗が流れる。時間は、あまり多くない。
「……青鴉さん……」
都さんの声。視線をちらと向けると、彼女は目じりに涙を浮かべて、僕を上目使いに見遣っていた。その様子が――
「ア? 媚びてんじゃねェよ、雌豚がッ!」
雛乃の気に障ったらしい。
彼女は西洋剣を、都さんの肩口へと振り下ろした。あっという間もなく、鮮血が宙を舞う。
「……っ!」
「HNとはいえ直也のことを気安く呼ばないで」
「……」
「何、その目」
肩口を押さえて、都さんは怯えた表情と瞳で雛乃を見つめていた。
「もっと苛めて欲しいのかな? はしたない女だね?」
雛乃が剣を振り下ろす。何度も。何度も。致命傷にはならない、そんな位置に器用に切っ先だけを掠らせる。そのたびに唇を噛んで、都さんは耐えた。鎖鎌で時折防ぐが、雛乃のほうが一枚上手だった。その中の一刀が、都さんの太ももに深く食い込んだ。
「アアああああああッ!!」
都さんの声は、激痛に耐えるソレだった。
まるで見ていられないような地獄絵図に――僕は唖然と立ち尽くしていた。
何かしなければ、動かなければと思う。けれど、何一つ出来る事が浮かばない。
「あああぁぁ。なんだろう? なんだろう、この気持ち……。うーん。ひょっとして……ソソるってやつかなぁ?」
やけに艶っぽい、恍惚の笑みを雛乃は浮かべていた。そしてその表情のまま――
「そうだね。直也が殺してくれないなら、私が殺しちゃえば良いんだよね?」
彼女は実にあっさりと、そんなことを言った。
ぴたりっと。
都さんの叫び声が止まる。痛みも忘れるほどの恐怖が彼女を襲っているのだろう。身体から完全に力が抜け、彼女は落ちるように膝をついた。
「じゃあ、ばいばーい!」
雛乃が西洋剣を握る。都さんの首元へと、一直線にそれを振り下ろした――。
―――GAME OVER―――
【青鴉】 獲得ポイント 0
現在累計ポイント +30
※ 反則行動確認のため、後日再ゲーム
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