第23話 クレイジーな少女

「あはっ。あはははっ」


 町田109に少女の笑い声が吹き抜けていく。都さんがびくりと震え、身構えるようにして永遠音から距離を取り始めた。彼女はじりじりと移動し、ある程度距離をとると一気に翻って僕の後ろへとやって来た。


「永遠音は、悪魔じゃないですよ?」


 ひとしきり笑い終えると、小さな身体で飛び跳ねるような動作をしたあと、彼女はそういった。


「……ふーん」


 ジミィは、興味無さそうにそう答えた。


「まあいい。とにかくお前は崎永遠音なんだな」

「そうですよ? 永遠音は、崎永遠音ですよ?」

「自分の噂を知ってるか? ゲームクリア間際になると絶対に現れるプレイヤーであるだとか、彼女が現れたゲームは必ず不幸が訪れる、だとか」


 含みを持った疑問の言葉をジミィが向けると、永遠音はふるりと首を振った。


「そんな噂は知らないのですよ? たまたまじゃないですか?」

「……そうか。まあいい。ここに五人の人間がいる限り、たとえ悪魔であっても手出しは出来ないだろう」

「そうですね。数の有利は偉大ですわ」


 都さんが口を挟む。すると、ジミィはようやく彼女へと視線を向けた。都さんの顔をじぃっと眺めている。その視線が気まずいのか、彼女は軽く僕の腕へと触れてきた。拍子にふわりと良い匂いが漂ってきて、とぎまぎする。


「ハーフか? 綺麗だな、あんた」

「お褒め頂き、ありがとうございますわ」


 ジミィの言葉に、都さんは平然と答えた。言われ慣れている対応に感じた。ジミィの横に花蓮がスッと寄っていき、「……女好き」と恨めしそうに呟いた。

 永遠音も僕らの輪に近づいてきて、五人で軽く自己紹介をした。HNを告げるだけだったが。


「さて、確認しとこうか」


 ジミィが口火を切る。


「今確定している悪魔は一人。これは、みるくだ。現在町田109のどこかに潜伏中。彼女はまだ二度目の戦闘のため、このままビビって何も仕掛けない可能性もあるが……」


 そこで、ジミィはすっと僕の方を見た。


「ためらいなく青鴉を攻撃したことを見てとっても、このまま黙っているとは考えにくい」

「……」


 許せない。

 アプリのメッセージに残された雛乃の言葉を思い出した。ちくりと胸が痛いのは、僕が彼女を裏切ってしまったと、分かっているからだろう。


「さて、問題はもう一つだ。俺たちの中に――もう一人、悪魔がいる」


 順繰りに視線を向ける。ジミィはクールな表情を、花蓮は相変わらずの半目を、永遠音はニコニコと楽しそうな顔を、都さんは不安そうな表情をしていた。


「この中に……悪魔が」


 固唾を飲むような音が、背後から聞こえる。都さんは微かに震えているようだった。


「まあ、この人数で固まっていればおおむね問題はない」


 そんな彼女を一瞥してから、ジミィが続ける。


「さて、一応聞いておこうか。この中に退魔士がいるはずだ。どうせ名乗らないと思うが誰が――」

「はーいっ!」


 勢いよく手を上げたのは、永遠音だった。全員の視線が彼女に集まる。


「……どうして名乗るんだ?」


 訊ねた癖に、ジミィはいぶかしげな視線を永遠音に向けた。永遠音はニコニコ笑いながら、


「あー、うん。そうだよね、このゲーム普通なら名乗らないですよね? だって名乗ったら悪魔さんに狙われちゃいますし! 言った所で回りが信じると思うのもあれですし! だから一人でこっそり誰かを判別して、こっそり行動をするのがセオリーですよね? でも残念。永遠音はそんなセオリー、めんどくさいから無視しちゃうのですー」


 ニコニコニコ。永遠音は笑顔を崩さない。そんな彼女の様子を見て、ジミィはひとつ溜息をついた。


「ちなみに名乗ったら狙われちゃうってリスクはもう回避してますよ? ジミィさん、貴方を判別して人間でした!」

「は――? な、なんでそんな勿体ないことに使うんだ! 俺は、自分が人間だってきちんと順を追って説明が――っ」

「えー。そんな説明とかされても、永遠音は分かりませんよ? 永遠音を悪魔だなんていう失礼な人は、きっと悪魔に違いないと直感的に思ってしまったのです。だから確かめたのです。文句なんて受け付けないのです?」


 ジミィが頭を抱える。「直感で動くタイプは苦手だ……」と彼は悲壮感溢れる口調で呟いた。


「……可哀想……」


 花蓮が呟き、ジミィにスッと手を伸ばす。彼は身体を傾け、その手を避けたようだった。


「えっと、とりあえず」


 恐る恐るといった口調で都さんが口を開く。


「わたくし達が今すべきことは、みるくさんというプレイヤーを探して……その……」

「そうだ。殺すことだ」


 お茶を濁した都さんの言葉を、ジミィが引き継いだ。


「いいか。相手は何かを狙ってくるかもしれない。注意を払って事にあたろう。味方はこの中の『三人』だ。一人は敵。それを忘れるな。――いいな?」

「……分かってる」

「はーいっ」

「分かりましたわ」


 僕も遅れて、「ああ」と頷いた。

 雛乃を殺す――。

 今回は、直接的ではないのかもしれない。僕が手を下さずとも、ジミィあたりが平気で彼女を圧死させるのだろう。けれど――見捨てる事だって、立派な裏切りだ。


 どころか、殺しの補助位は、僕も請け負わなくてはならない役目なのだろう。それを裏付けるようにジミィがぽんと僕の肩を叩いて、「次は頼むぞ」と怖い顔で告げる。それは、半ば脅しの様な口調と顔だった。


 雛乃を殺したとして、彼女はまた生き返るのだろう。だけど、僕と同じようにポイントは減っているハズで。だからこそ、ここで彼女を殺すことは、彼女を少しずつ『消していく』という行為であるわけで。


「……くそ」

「……大丈夫ですか? 顔色が悪いですわ」


 斜め横から声がかかった。振り返ると、心配そうな顔で都さんが立っていた。


「おい、行くぞ」


 僕らをジミィが急かす。大丈夫、と絞り出すように言って、僕は彼女と共にジミィの元へと急いだ。ジミィは僕と都さんの顔を交互に見ると、陣形を組もうと提案してきた。


「青鴉と都が前。真ん中に永遠音。そして背後に俺と花蓮だ。隣は知り合いの方が、多少の安心感があるだろう?」

「はーいっ」


 永遠音が手をあげた。


「永遠音の武器は大きくて、真ん中に配置されると出せないのですがどーしたらいいですの?」

「……いつでも出せるようにしておけ」

「あはっ。了解です?」


 あとは誰からも質問はなく、その陣形が採用された。永遠音を真ん中に配置というのは、彼女を警戒しての配慮なのだろうな、となんとなく思った。


「……どこから探す?」

「上から探そう」


 花蓮の問いかけに、ジミィが答えた。


「上から順に降りて行って探そう。その方が効率良さそうだ。移動手段はエスカレーター。エレベーターから降りたところを待ち伏せされたら、狭いからな。人数の利便さがなくなって、危険すぎる」

「それは、逆に言うと……雛乃さんはエレベーターを使い放題、というわけですわね?」

「いや違う。たとえばエレベーターが動いていることを確認すれば、俺達はその階に向かうだろう? そこで待ち伏せされたら終わりだ」

「……なるほど」


「ああでも、それをブラフに使っておびき出すって手段もあるのか。……ふむ」

「ねーねー。そんなの気にしなくていいんじゃないですの? さっさとみるくちゃん見つけて、終わらせちゃえば良いですの」

「そんなわけにはいかない」

「どうしていけないんです?」

「これには、俺達の人生がかかってるんだぞ!?」

「望む世界と消えたくない、ですか? アメと鞭に踊らされてるですのー」


 あくまで無邪気な永遠音の態度に、その場にいる全員が閉口した。

 たしかに、このゲームは彼女の言う通り、アメと鞭がゲームを無視するという選択を消し去っている。


「……永遠音。あんた、平気なのか? お前が望む世界はなんだ?」


 ジミィが訊ねる。それは、誰もが聞きたいことであるような気がした。対して、瑠璃色の髪の少女は――


「永遠音の望む世界は、世界中のみんながニッコニコーな世界ですよ? だれもどよーんな気分にならずに、心安らかに過ごせる世界なのです」

「……は?」

「そう、だから永遠音は平気なんですよ? たとえみなさんを消しても、永遠音がゲームをクリアして生き返らせればいいだけですし? 何も怖くないですの」


 相変わらず、楽しそうな笑顔を浮かべている。


「……自分が消える事に関してはどうだ?」

「永遠音は消えないですよ? 万が一消えたら、そのときはそのときです」

「……なるほどな。とんだクレイジー野郎だ」

「??? クレイジーです?」


 ハテナマークを浮かべる永遠音を見て、ジミィは深く深く溜息をついた。


「さっさと行こう」


 疲れたように呟くと、僕と都さんを見た。僕達はようやく、歩き出した。

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