第19話 雛乃と再会2 

 ゲームはやめる。

 空っぽの心でそう答えて、なんとか姉をなだめた。そのあとに、さりげなくゲームについて尋ねたが、もう何の反応も彼女は示してはくれなかった。


「お姉ちゃん、喋ってくれて良かったなっ」


 妹はツインテールを揺らして、のどかに飛び跳ねている。

 僕の心はそんな彼女と対照的に、とにかく混乱していた。

 何故姉は――ゲームのことを知っているのだろう?

 ひょっとしたら――彼女が引きこもる原因になったあの事件も、ゲームに関わっているのだろうか――。


「まさかな」


 つぶやく。けれど、あながち間違いではないのかもしれないと思いかけていた。だって――彼女のあの反応は、普通ではないから。


「……町田109」


 縦長のビルを見上げる。普段なら若い女性で賑やかな場所だが、朝九時半の現在、まだ静かになりをひそめている。

 妹と別れた後、僕は準備を整えてこの場所へとやってきた。初夏の日差しはまだ緩やかで、心地よい風が吹いていく。

 ぐるりと外観を一周しながら、これからのことを考えた。


 あのメールを受け取った時刻は八時。二時間後である十時まで、あと三十分の余裕があった。すなわち引き返そうと思えば、引き返せる。

 けれど、このゲームに参加しなければ大変なことが起こるのだ。

それに、都さんが消えてしまうかもしれないし、雛乃と仲直りが出来るかもしれないし、姉の抱える問題が解決するかもしれない。


「……やるしか、ないのか」


 ぐにゃりっと。

 視界が曲がった。雛乃を刺殺した感触が、唐突に鮮やかに蘇る。自分の手が、酷く汚れて見えた。うずくまる。吐き気はないものの、腹が痛くなった僕はコンビニに駆け込みトイレを借りた。


「落ち着け……落ち着け……」


 ダラダラと額から汗が零れおちてくる。僕はいったい、どうすれば良いのだろう。分かっている。ゲームに出ればいいのだ。どうせ出なければいけないのだし、それほど悪いことばかりでもない。目的はある。それは、目的なくデス・ゲームに巻き込まれるよりもマシなような気がした。


 僕が望む世界。姉が傷つかなかった世界。そして、雛乃と仲良く過ごし、妹も両親も傍に居て、ついでに都さんが普通の女の子をやっているような世界。僕が愛したり、大切にしていたり、ちょっと仲良くなれそうな人だったりが、いつでもそばに居て、にこにこ笑っていられるような場所。


「……行こう」


 決意を固めて、扉から外にでる。コンビニにかかった壁時計を見上げると、ぴったり十時だった。


「やばっ」


 駆け出す。町田109の自動ドアを潜る。クーラーの涼しい風と、それになびく黒髪が視界に入った。

 肩より少し上あたりで、バッサリ切られた黒い髪。


「あ――」

「……」


 そこに立っていたのは、獅子川雛乃だった。


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