第17話 デートだったのですわ
ケーキを食べ終わり、さあ話題に入ろうという時に、店が騒がしくなってきた。どうやら人気店らしく、ちょうどかきいれ時となってしまったらしい。僕と都さんは外に出た。
「……どこに移動しようか?」
「そうですわねー。ボウリングとか、映画館とか、ウインドウショッピングとか、ファミレスに行ってみたいですわ」
「――は?」
密談をするにはありえないラインナップに、僕は思わず目を見開く。都さんは素知らぬ顔で、
「あら? 今日の意図を言っていませんでしたっけ?」
「意図?」
「ええ……。わたくしは今日、あなたをデートに誘ったつもりだったのですが……」
そのあまりに予想外な言葉に、僕は驚愕した。デート? デートって好意をもった男女がする、あのデートだよな……?
不思議に思っていると、
「消えてしまうかもしれない前に、普通の女の子みたいに、男の子とデートをしてみたかったのですわ」
僕の疑問を見透かしたように、都さんが言った。その表情はひどく儚げで、触れたら壊れてしまいそうなほど繊細に見えた。その表情のまま、僅かに首をかしげ、彼女は潤んだ瞳で続けた。
「やっぱりこんなの……おかしいでしょうか?」
彼女は――彼女が望んだ世界は、普通なら当たり前のように手に入るものだ。
だからこその普通。
生まれた家が名堂で。お金持ちで。住む世界が違う。
そこで生まれてから今までをずうっと過ごしてきた少女が、窓の外の景色に憧れるのは――自然で、どうしようもないことに思えた。
「おかしくないよ。全然ッ」
思わず力強い言葉が出た。都さんは、大きく瞳を見開いた。
「おかしくないよ。普通だよ」
言葉を続けると、都さんの口元が緩んだ。ごく自然で、とてもやわらかな微笑みだった。その顔で見つめられて、僕は急に照れくさくなってしまった。視線をそらし、
「……行こうか。とりあえず、映画館。今は何をやってるっけなー」
「わ、わたくし、実は見たい映画を調べてきましたの」
僕達はそれから、二人でハリウッドのサスペンス映画をみて、その感想をファミレスで言い合い、軽くデパートを回ってから一緒に少し早い晩ご飯を食べた。
食べ終わる頃には、辺りはすっかり夕闇に染まっていた。喫茶店で感じたような視線がときたま肌に突き刺さったが、やはり怪しい人物はどこにもいなかった。
「今日は……、とっても。とっても、楽しかったですわ」
別れ際に、満足げな、けれどどこか切なげな表情で都さんはそう言った。本当はもう少し遊びたいとその顔に書いてあるようだった。
「僕も楽しかったよ」
本当は、もっと別の言葉も言ってあげたかった。けれど、どうにも照れくさくて、何も言えずに俯いた。
「今日は、ありがとうございましたですわ」
「こちらこそ」
返事をすると、都さんはジッと僕を見つめてきた。その頬は微かに赤く染まっていた。まるで告白のようなタイミングと表情に戸惑ってしまう。心臓の高鳴りが、とくとくと感じられた。
「あ、あのっ! また、わたくしと一緒に――」
いったい、その言葉の先には何が続いたのだろう。きっと、「会ってください」だとか、「話してください」だとか、「遊んでください」だとか……「デートしてください」だとか。
そんな言葉が続く予定だったのだろうけれど、結局彼女はそこで口をつぐんだ。
都さんは優雅に一礼すると、相変わらずのふわっとしたロングスカートを翻して僕に背を向けた。
「都さん!」
その背中に向けて、僕は咄嗟に叫んでいた。立ち止まり、戸惑いと共に彼女が振り返る。
「また……また、一緒に遊ぼう!」
口に出した瞬間、言わなければ良かったかもしれないと思った。不可能かもしれない約束を、僕は軽々しくも口にしてしまったのだ。
「はい……っ!」
しかし、都さんの返事と表情を見た瞬間、そんな後悔は吹き飛んだ。
彼女は、満面の笑顔だった。今までの上品さなど伺うことすらできない、ただひたすらに嬉しいという感情だけの笑顔。飾り気一つないその表情は、これまでのどの顔よりも素敵に思えた。
再び一礼し、彼女は歩き出す。心なしか先ほどより、足取りが軽やかに見えた。
その背中を数秒見送ったあと、僕も彼女に背を向け歩き出した。結局、あのゲームの話など、一言も話題にあがらなかった。
それは――触れたくなかったからなのかもしれない。
自分が明日、消えてしまうかもしれないということを、忘れたかったのかもしれない。
「……なんだかなぁ」
僕はうんざりしながら溜息を吐いた。ぼんやり一人で歩きながら、明日が来なければいいのになと、なんとなく、思った。
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