第16話 庶民的なお店

 待ち合わせ場所は町田駅から少し離れた、町田二番街商店会にあるカフェだった。いかにも甘いもの好きの女の子が集まりそうなお店で、ふわふわとした空気が漂っている。入りにくいなと思いつつ時刻を確認すると、十一時まであと少しだった。

 意を決し店内に足を入れる。可愛らしい店員さんに案内を受けつつ、店の奥に彼女の姿を見つけた。都さんも僕に気づいたらしく、顔の横まで手を挙げて、優雅に手を振った。


「来てくれて、嬉しいですわ」


 席まで近づき腰を下ろすと、彼女はにこりと上品に笑ってそう言った。


「うん、まあね」


 一人でいても、うだうだと考え事をしてしまう。ならば、彼女の呼び出しに応じて何か有益な情報でも得られればと思ったのだ。

 多分――彼女は、何かを企んでいる。

 それを知っていながら飛び込むのは、何も知らないよりもマシなような気がするから。


「で、都さん話って――」

「注文をしましょう」


 にこやかな笑顔のままで、都さんはそう遮った。メニューを二人で見れるように横に広げ、ゆっくりとページをめくり出す。出鼻をくじかれた気がしたが、小腹がすいていたし、甘いものは嫌いじゃない。一緒にメニューを眺め始めた。


「わあ、これ、美味しそうですわ」

「夏らしくていいんじゃないかな」

「……マンゴーって、どんな味がするのでしょう」

「え? う、うーん。なんて言ったらいいのかなぁ……。か、変わった味? でも美味しいよ」


 水を運びに来た店員さんがやってきて、都さんはマンゴーのパフェを、僕はブルーベリーチーズケーキを注文した。飲み物は二人共紅茶だった。

 注文を待つ間、都さんはきょろきょろと店内を見回していた。アンティーク調の店内に、興味を持ったらしい。心なしか瞳が輝いて、どこか浮き足立っているようにも感じられた。そんな深い緑の瞳を覗き込んでいると、自然に、可愛いなという表現が浮かんでくる。


「都さん、それで――」

「ふふっ。楽しみですわ」


 話を促そうとした僕をさえぎって、彼女は嬉しそうにハミングする。楽しそうな雰囲気が体中から溢れていて、話を促すことに戸惑ってしまう。僕は口をつぐんで、おとなしく座っていた。


「わたくし、こういうところに来るの初めてですわ」

「こういうところって?」

「うーん。なんていうのでしょうか……あ、そう言わゆる、庶民的なお店です」


 しばらく悩んだあと、都さんはそんなことを言った。唇を軽く尖らせて、いかにも悩んでいますという表情のまま、「庶民的なお店」。この一言に、僕は軽く吹き出した。

 そんな僕の様子をじぃと眺めて、「レディを笑うなんて失礼ですわ」と彼女は再び唇を尖らせる。今度は軽い怒りの表情だった。


「お待たせしました」


 絶好のタイミングで、ウエイトレスがやってきた。テーブルの上にそれぞれの注文品を置いていく。都さんはマンゴーパフェの想像以上の大きさに驚いているようだった。僕はスプーンを二つとって、片方を彼女によこした。育ちがいいと、やはり礼儀もいいらしい。しっかりとお礼をいって、それからなんと、食事の前の礼拝を行い、そしてスプーンを手にとった。


 お祈りをする彼女にあっけにとられて、僕はしばらく動けなかったらしい。「どうかしました?」と声をかけられてから、慌てて「いただきます」をいって、スプーンを持った。

 口元にブルーベリーチーズケーキを運ぶ。わりと大きめの一口をほおばると、甘さと酸味の絶妙なコラボが口いっぱいに広がった。


「わ。本当に変わった味ですわ」


 対して都さんは、一口が小さい。少量だけスプーンですくって、決して口元を汚さずに、ほとんど広げずに、中に入れる。マンゴーパフェが何か高級な代物に見えるから、不思議だった。


「でも、おいしいです」

「そっか、良かった」


 本当に美味しそうな表情に、安心する。自分が勧めたものがダメだったら、申し訳ない気がするのだ。

 そんなか、視線に気がついた。

 じぃーっと、モスグリーンの瞳で僕の皿の上を見つめている。試しに皿をひょいと右に動かしてみたら、彼女の瞳がついてきた。若干微笑ましくなった。


「あの、食べたいんっすか?」

「ふわっ!?」

「いや、だからブルーベリーチーズケーキ……」

「た、食べたいとかそんなわけありませんわ! 人様の食べ物をいただきたいなど、卑しい考えですもの!」 


 あたふたと否定するその動作は、明らかに狼狽をしめしている。苦笑しつつ、


「分け合ったりとか、普通にすると思うけど」

「……そうなのですか?」

「うーん。そうだと思うけど」

「ふむ……」


 都さんはなぜか考え込むような仕草をした。そのあとに、


「そういうことならば、わたくし、その分け合いとやらに挑戦してみますわっ」


 そういって、彼女は胸をはった。形の良い二つの膨らみが軽く揺れる。

 僕は声を上げて笑った。都さんは怒るだろうな、と思っていたらその通りだったらしく、笑いを止めて顔を見ると、不服そうな表情だった。


「もう、どうして笑いますの?」

「ごめんごめん」


 お詫び、とばかりに僕は四分の一以上残ったブルーベリーチーズケーキを彼女の方へと差し出した。

 彼女は若干戸惑いつつも、やがて自分のスプーンを手に取る。そして先ほどと同じように少量だけすくって小さな口にほうりこんだ。


「…………」

「ど、どう?」


 なぜか真剣な表情の都さんに、こちらまで固唾を飲んでしまう。やがて、彼女はごくりとケーキを飲み込んで――


「……美味しい」


 ぽつりと言った。


「よかったぁ」


 ほわほわと温かな気持ちが――ゾクリ。

 振り返った。しかし、いるのは普通の客たちばかりで、特に怪しげな人物などどこにもいない。


「……どうかしました?」


 都さんが首をかしげる。


「い、いや」


 曖昧に答えて、僕は首を戻した。なんだか今――誰かに、見られているような気がしたのだけれど。


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