第15話 帰宅
流れで僕まで自己紹介をした。名乗り終わったあと紅那は携帯電話をとりだし、永遠音にアドレス交換をせまった。一瞬不可思議そうな顔をしたが、永遠音はその求めに応じ、番号を交換した。
「友達が増えて嬉しいなっ」
跳ねるように、紅那は前へと進んでいく。僕は彼女の崎永遠音という名前に引っかかりを覚えつつも、答えを見つけられずに、まあいいかとさじを投げた。
「ただいまーっ」
妹が元気よく家に入ると、ポップな歌詞とメロディが聞こえてきた。どうやらオーディオ機器か何かで、相田花蓮の歌を聴いているらしい。恋する人を全力で応援する歌で、作詞は花蓮が行ったらしい。ゴースト説も流れているが、ネットの見解によるとガチの可能性が高いらしい。歌詞の内容は、確かな熱がこもっていて、好感が持てるものだった。
ただし、女優としての活動がメインである花蓮の歌は、正直お世辞にもうまいとは言えない。それでもこのCDがオリコンのランキングに入ってしまうのだから、彼女の人気は凄まじいと言えるだろう。
リビングに足をすすめると、鼻歌交じりに母さんが料理をしていた。そういえば、昼飯が食べたかったんだっけと思い出し、急にお腹がすいてきた。
出てきた和風パスタを、妹と二人で食べる。話題は、相田花蓮のことだった。
「花蓮ちゃん、ほんとにすごいよね。演技はうまいっていうかもう、神がかってるし。それに可愛いよねぇ」
「そうだな」
「趣味はお菓子作りとマフラー編みだっけ」
「あー。なんか聞いたことあるな。手作りマフラーを十七個も作ったんだっけ」
「そうそうっ。あげる人がいないんです、って照れてて可愛かったなぁー」
「確かにな」
「それにね、花蓮ちゃん、成功するまでは色々と大変だったんだよー。事務所内でひどいイジメにもあってたみたいだし。そんな時はいつも、お兄さんが助けてくれてたんだって。素敵だよね!」
「それは僕に対する嫌味か」
「ソンナコトゼンゼンナイヨ」
「あるじゃん!」
「そういえば花蓮って、このあたりに住んでるんだよね?」
「そうよ。でもどこに住んでるかは公表していないのよねー。町で見かけたこともないし。あーっ、もうっ! 花蓮ちゃんに会ってみたいわー」
大好きなタレントの話題に我慢が効かなくなったらしい、最後はお母さんが口を挟んだ。それから妹とお母さんのディープなオタク話に花が咲いたようで、にわかの僕はさっさと追い出されてしまった。
二階の自室にあがり、ベッドに寝転がる。ポケットに入っていたアロマキャンドルと携帯を机の上に手を伸ばして置いた。ただ寝転がっているだけのつもりだったが、本格的に眠気がやってきて、いつの間にか僕は眠りについてしまった。
まどろみの中で、遠い日の夢を見る。
僕と雛乃が、仲良く手をつなぎ公園で遊んでいる。ブランコをこいだり、滑り台で一緒にすべったり、ほかの友達を呼んで缶けりをしたりジャングルジム鬼をしたり、とにかく楽しく遊んでいる。
こんな日々はもう二度と訪れないのだろうなと思いながら目が覚めた。あたりはもう夕闇が落ちていて、カレーの匂いが漂ってきていた。微かに携帯が鳴っている。ああ、これで起こされたのだなと思いつつ取り出した。
『件名・名堂郁子(都)です』
僕は起き上がり、メールを急いで開いた。
『明日、会えませんか?』
そんな言葉と、待ち合わせの場所が書かれていた。
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