第7話 急転直下

「……あれが、もう一人の参加者か」

「そうだね」


 ごくりっと、雛乃が唾を飲む音が聞こえた。雛乃と僕は初参加者だから人間チーム。そんな僕達に親切にいろいろなことを教えてくれて、協力を仰いだジミィも人間チーム。そうなれば、あの可憐な少女こそが、悪魔。


 ジミィと彼女は、まだお互いの存在を認識してはいないようだった。彼女はあちこち、全体に注意深く視線を向けている。ジミィはどこか気が抜けたように、ぼんやりと遠くを(囮のために)眺めている。

 仕掛けるのは、僕達の役割だった。


『俺が隙をみせるさかい、残りの参加者が襲って来たなら、悪魔確定やから。よろしゅうなー』


 ジミィと僕達の距離は、ほどほどに離れている。いつでも駆けつけられるが、相手からは見つかりにくいような位置。そんなポジショニングでジミィの背中を、雛乃と二人で見守っている。


 少女が動きを止めた。ジミィの存在を認識したからだ。彼女は鎖鎌を持つ手に力を込めたようだった。一歩一歩慎重な足取りで、彼の方へと近づいていく。そして、ジミィの方も彼女に気がついた。はたと動きを止める二人。そこで、一言二言、言葉が交わされたようだった。


 そして、少女が動き出す。分銅をジミィに向かって投げつけた。

 明らかな攻撃動作に、雛乃と僕は飛び出した。日本刀を二つ抱えての疾走。不慣れな僕はふらつきながら走る。背後をちらりと振り返ると、雛乃も同じようだった。両手で重そうな西洋刀をしっかりと握り締め、引きずるような姿勢で走っている。


 そんな俺たちの存在に、少女はハッと気がついた。ふわりとした金色の髪が舞い、大きく緑の瞳が見開かれた。


「わ、わたくしは、人間ですわ!」


 少女が叫んだ。突然の襲撃者に驚き、とっさにそう叫んでしまったのだろう。


 ――しかし、その判断こそが致命傷。


 少女は盾の突進によって五メートルほど吹っ飛んだ。ジミィが横から、彼女へと突進を繰り出したのだ。

 少女は町田駅の停止した人間の一人にぶつかり、衝撃を受けうめいて、そのまま床に落ちた。


「よおっしゃああ」


 ジミィが勝利の雄叫びを上げながら、追い打ちをかけるために踏み込んだ。僕は立ち止まり、目の前でくり広げられる戦闘に唖然としていた。雛乃も僕のすぐそばに並び、同じように唖然としているようだった。


「姉ちゃん、悪く思うなよ?」


 盾を横に構えプレス機のように、ジミィはそれを少女の顔面へと振り下ろした。ぐぎゃり、と。悪夢のような響きが走った。

 真っ赤な血が。

 血が、駅の冷たいコンクリートへと広がっていく。少女の顔は潰れていた。ものの見事に潰れていた。体は無事なのが逆に歪で奇妙なその物体は、明らかに死体だった。


 口元を抑える。

 少女の翠の瞳は飛び出していた。少女の脳漿は飛び散っていた。少女の耳はひしゃげていた。

 僕はふらつきながら、とにかくここを離れようと思った。雛乃はまだぼんやりと少女を眺めているようだった。


 歩く。歩く。情けない姿を見せたくなくて、とりあえず少しでも遠くへと行きたかった。けれど、ほんの二メートルほどで立ち止まる。こらえきれない。だから、ただ背を向けて、僕は胸につまったものを吐き出した。


「う……、う、うぇぇぇ…………ッ。ウ、う、ウ、ェェ…………」


 饐えた匂いが立ち上る。

 わけが分からなかった。

 突然こんな世界に巻き込まれて、人殺しを命じられて、そして実際に、目の前で人が死んで。


 ぐらぐらと、ぐらぐらと、視界が揺れる。脳みそも揺れる。死んで、何一つ考えることができなくなり、僕は揺れている。揺れている。

 口元を拭った。

 吐き出したことで、少しは落ち着いてきたような……そんな気がする。僕は立ち上がった。いつの間にか膝をついていたらしい。


 何はともあれ、これで終わったのだ。とにかく、僕はこの異常な空間から一刻も早く逃げ去りたいのだ。振り返る。そこには、やはり唖然とした顔の雛乃と、どこか意気揚々としたジミィが立っていた――はず、だった。


「え……? 雛乃……?」


 思わず、本名で呼びかけた。彼女は、立っていた。両手で剣を握りしめて、どこか唖然とした表情で。

 そして、その剣には、べっとりと赤い血糊が張り付いていた――。


「……あ、あのね、こ、これね……っ」


 雛乃の声。

 彼女の足元には、どくどくと血を流しながら倒れる、ジミィの姿があった。

 コロシタ。

 一瞬ではじけた。


「あ、あ。あ、ア……」


 嘘つきゲーム。その言葉が脳内で点滅する。雛乃は、獅子川雛乃は、果たして本当に初参加者だったのだろうか? 同時に二人も初参加者がいるなんて。ジミィの言葉を思い出す。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 繰り返す僕の脳内に、姉の姿が蘇った。部屋に閉じこもる数日前に見せた、悲しげで儚そうな表情。


『わたしね……信じてたんだよ。心の底から、大好きで――。でも結局、裏切られちゃった――』


 彼女の絶望を思い出すと、僕の中でカチリとスイッチがなった。

 日本の刀を握り締める。切っ先をびしりと、雛乃に向ける。

 彼女は大きく目を見開いた。


「ち、違う! わ、私じゃない! じ、ジミィさんは、なんか急に勝手に倒れて――っ!」


 雛乃が弁明の言葉を喚く。僕の心は揺れていた。ぐらぐらと。

 しかし、この状況を見てなお、僕は雛乃を信じるほど、お人好しではない。

 僕は、姉とは違う。最後まで信じて、最悪まで傷ついたり……しない。


「う、ゥあああああああああああ!!」


 叫びながら、跳躍した。

 刀を、彼女の首筋に振り下ろす。人を切る、嫌な感触がした。無我夢中で振り下ろしたその刃は、鮮やかに彼女の首を切り裂いた。喉がぱっくり開いた切り傷から、真っ赤な血が、まるで噴水のように吹き出す。

 雛乃は、ゆっくりと地面に倒れていった。


「ハァ……はぁ……はぁぁ……っ」


 荒い呼吸を整える。僕が、殺した。殺されないために。雛乃を。


「くそ……っ! なんなんだよ! いったい、このゲームは!」


 叫んだ声に――


「始めっから言われてんだろ。これは、嘘をつくゲームだ」


 返事が、来た。それは、ひやりとした刃物を背中に突きつけられたような、鋭利で冷たい声だった。聞いたことのないような。けれど、どこかで聞いたことのある声。

 振り返る。

 そこには、ジミィが立っていた。


「……え?」

「種明かしをすると、って、あんまり馬鹿らしいからしたくねーけどよ。ほら、これな」


 懐からズルリっと、ジミィは分厚いビニール袋を取り出した。輸血パックのように、血液がタプタプと入っている。


「まあこれは予備の袋な。さっきもう一つの袋を破裂させたんだ。仲間割れをさせるとポイント倍増。あの女とお前と、どっちが生き残るかと思ったが、やはりお前が裏切ったか、青鴉。ついでにほかの部分も解説しておこうか。関西弁はてめーらに取り入るための演技だな。明るく見えていいだろう? それから、金髪カワイ子ちゃんが襲ってきたのは、『俺は悪魔だ。残りの二人は殺した』と伝えたからだ。あたりまえだよな。そうなや、一対一でも戦いに来るさ」

「あ……う、ぁ……」


 喉から嗚咽が漏れる。頭の中が真っ白になり、思考が瞬時に凍結する。


「ふんじゃ、さいならー」


 作ったような関西弁で、ジミィはそう言った。彼は、そして跳躍した。人間業とは思えないほど、高く、四メートル近く跳躍した。

 とっさに、上を見上げる。

 僕が最後にみた光景は、自らへと迫りくる大きな盾という鉄の塊だった。


 ―――GAME OVER―――

 【青鴉】 獲得ポイント   -20 

      現在累計ポイント +30

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