第6話 もう一人の参加者

 ジミィと別れ、僕と雛乃は物陰に身を潜めていた。ジミィは今、非常にゆっくりとしたスピードで、町田駅内を観光のように眺めながら歩いている。

 僕の手には二本の刀。雛乃の手には西洋刀。人を殺すための道具を握りしめながら、僕達はジミィを見守っていた。


「なんだか、おかしなことに巻き込まれちゃった……ね」


 雛乃が言う。微かに震えた声は、彼女の怯えを伝えてくる。僕はポケットから携帯電話をとりだした。すべての始まり。大切な人の誕生日がパスワード。『0923』と、姉の誕生日を入力した。


「あ」


 ロックが外れた。


『残り時間 1:17  現在参加者 悪魔一人 人間三人』


 と、黒いバック画面に血のような赤い文字で書かれている。


「みて、みるく」


 彼女に画面を差し出すと――


「? 真っ黒だよ?」


 きょとんと雛乃はそう言った。


「え? いや、ここにさ――」


 書いてある内容を説明する。しかし、雛乃にはやはり画面が真っ黒に見えるのだという。もしやと思い、彼女に自分の携帯電話を確認するように言ってみた。彼女は僕から見えないようにパスワードを打ち込んだ。それから、


「あ。本当だ。言われた通りのことが、書いてあるよ」


 雛乃が携帯画面を向けてきた。その画面は、彼女のいうような真っ黒なものだった。どうやら携帯は、他人には見えないようになっているらしい。


「とりあえずこれで、ジミィさんが言っていた事の裏がひとつとれたな」

「そうだね」


 携帯を軽くいじる。他にもルールの説明画面があるようだった。

【・悪魔は人間の1.5倍の戦闘力を誇る

 ・悪魔が悪魔を殺すのは反則

 ・人間の特殊能力には制限がある。ゲーム参加者数が四名以下の場合は能力なし

 ・悪魔が人間を騙し仲間割れを起こさせた場合、ポイントにボーナスがつく

 ・全員生き残り状態で人間が悪魔を殺した場合、ポイントにボーナスがつく】


 僕はさらに続きを読み進めようとしたが、雛乃が「やばい。移動しているよ」と僕を急き立てた。しかたなく、携帯はポケットへと突っ込んだ。改めて、二本の刀を構えて移動する。ジミィは今、JR町田駅の出口付近を歩いていた。待ち合わせにも多用されるスポットで、奇妙な形をしたオブジェがある。


 この先に進むとさらに別の線へと続く改札口があるのだが、彼はこの場所でしばらく相手を待ち伏せるようで、うろうろと徘徊を始めた。僕達は手頃な影に隠れて、二人で身を潜める事にした。

 ジミィの背中に視線を注ぎつつ、ごくり、と唾を飲み込む。そんな緊張感の中、何かが僕の右手に触れた。視線を向けると細く白い手が、そっと覆いかぶさっていた。


「……みるく?」


 声をかける。彼女は硬い表情で、じっとジミィを見つめていた。


「なんだか怖いね……」


 ぽつりと彼女が呟く。


「人が止まってるの、やっぱこれ、現実……なんだよね?」


 震えていた。重ねた手のひらの微かな振動は、彼女の怯えを確かに伝えてくれる。僕は反対側の手を握りしめた。力強く拳を握り、絞り出すように言葉を吐く。


「なんかさ、思い出さない?」

「え?」

「小学校のときの、かくれんぼ」


 上手く笑えているか分からなかったけれど、笑顔を作った。


「ほら、中庭の小屋の影に二人して隠れてさ。そんで、お互い押し合ったりして。『どーして同じところに隠れるの!』『うっせぇ、ここが一番ばれなさそうだろ!』って」

「ああ……」


 くすっと、彼女の口元から笑みが零れる。懐かしい思い出で、心が少しでも軽くなればと僕は思った。少し安心して、再び警戒態勢に入る。

 と――


「あ」


 そのとき、遠目に一人の少女の姿が見えた。固まったまま動かない蝋人形たちの間をすり抜けて、ふわりとした優雅なスカートを揺らしている。まるでフランス人形のようにふうわぁとカールした、セミロングの金髪をもった少女だった。そのどこか現実離れした髪を彩るように、派手な色のカチューシャをつけている。身に着けた服も高級そうで、まるでどこかの財閥の令嬢のような印象すら受けた。しかし――その印象のすべてを覆すように、少女の手には鎖鎌が握られている。

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