第4話 殺し合い

 町田駅の様子は、相変わらず変わらない。横浜線の線路へと降り、相変わらずの異様な空間を歩きながら、僕達は話していた。


「このゲーム、何人くらいが参加しているだろうね?」

「分かんないな……。僕と雛乃と、とりあえずは二人だ」

「私たち二人だけってことは、絶対にないよね……。うーん。町田駅って、広い規模で行っているわけだから、……十人以上、とかいるかも」

「……そんな人数と、殺し合い、か」


 会話は、携帯電話の声が本当のことを伝えている、ということを前提に交わされた。この状況が超常現象であることは紛れもない真実であるし、ならばその引き金となったであろう携帯電話の話も、信じるしかないのだ。


「そういえば、直也もHNを決められた?」

「あ。ああ。『青鴉』っていったかな」

「私は『みるく』だって。……これからは、この名前で呼び合ったほうがいいのかもね」

「なんで?」

「だって、ゲームの指導者が割り振ってきた名前だよ? なんとなく、使ったほうがいいかなって……」

「……確かに、そうかも」

「だよね。改めてよろしく、青鴉くん」


 雛乃――改めみるくは、僕に向け手を差し出してきた。握手、のつもりらしい。その白い肌に触れることにちょっとだけ戸惑いつつ手を伸ばした。柔らかい女の子の手の感触が伝わってきて、一瞬でしびれが走る。


「なんやなんや、お二人さん。お熱いの~~」


 ふざけたような男の声が聞こえてきたのは、そんな時だった。雛乃は怯えるように、僕の背後へと身を隠した。ギュッと、彼女の体の感触が背中に伝わってきた。密着された体に再びとぎまぎしながら、声がした方向を見上げる。


 ホームへと登る階段。その中程に、青年が立っていた。顔立ちは整っており、かなりの男前だ。服装は、若者のファッション雑誌からそのまま取り出したような流行で今風のもの。髪の毛は何もかもが軽そうな茶髪のはねっけ。そしてその手には、巨大な盾が握られていた。


 その異様な持ち物に、数度目を瞬かせる。しかし何度みても、盾は消えない。RPGの防具屋で買えそうな、丈夫そうで多少の飾りがついた金属の盾だった。デザインは天使の羽をモチーフにしているようだ。


「あの……あなた、誰ですか? わ、私たち、えっと。初めてこのゲームに参加して――」


 僕の背中に隠れながら、雛乃が健気に声をあげる。男はそんな雛乃の様子に目を止めると――。


「な、なんやー! 自分めっさ可愛いやん!」


 そんな言葉を叫んだ。


「は、はぁ……」 


 雛乃はパチクリと大きな目を動かしていた。


「なあなあ、嬢ちゃん名前は? あ、もちろんHNでええで?」

「えっと、みるく……」

「ほうほう! HNまで可愛いのう。俺はなー、『ジミィ』ってHNな! 正直あんま気に入ってへんけど、それでよろしゅう」

「あ、はい……えっと、ジミィさん」


 雛乃は、普段はもっと勝気な女の子だ。先ほども少しおとなしかったが、今回は輪をかけて弱気な反応だった。いわば、タジタジという状況だ。明らかに年上の男性に陽気な口調で口説かれて、どう対処していいか分からないのだろう。


「あの、あなたは嘘つきゲームの参加者ですか?」


 僕は雛乃をかばうように前へと一歩踏み出した。ジミィはムッと眉毛を動かした。


「なんや自分。そんなん、あたり前田のクラッカーやろ。この止まった空間で動いている人間なんて、問答無用でゲームの参加者。それは決定事項や。問題は、誰が人間で誰が悪魔か。それだけやろ?」


 鋭い眼光を向けられた。何かを探るような、疑り深い目だ。そして彼は早口で言った。


「なあ、ところであんたら、崎永遠音って知ってるか?」

「誰だそれ?」

「誰……ですか?」

「……ふーむ。……反応がほんにウブやなぁー。初参加ってのは、嘘じゃないんかあ? あんたら、二人とも?」

「わ、私たち、駅で待ち合わせしてて、それで突然……こんなことに」

「ふーむ……」


 ジミィは顎に手をあて、考え込むような仕草をした。それから不意に、


「なあ。あんたら、俺がなんであんたらに声をかけたか分かるか?」

「い、いえ、全然」

「それはだな、今回のゲームの参加者が四人やからや」

「四人? どうしてそんなことが――」


 分かるんですか、と訊ねる前に、ジミィはポケットから黒い携帯電話をとりだした。コインロッカーに入っていて、今、僕の尻ポケットにあるものと同じように見えた。


「この携帯電話でゲームの基本情報が確認できる。どうせこのゲームが終わったら伝えられるんだろうし教えておこか。パスワードは自分の一番大切だと思う人の誕生日や」

「自分が一番大切だと思う人……」


 不意に姉の顔が浮かんだ。姿は残像となり、一瞬で消えた。


「まあ、とにかくここに載っかっているデータによると、参加者は四人、悪魔は一人。ようするに、三人は人間チームなわけやな。はい、これで俺がなんであんたらに声をかけたか、分かるやろ?」


 当たり前のようにそう訊ねられた。僕はムッとして、必死に答えを考えたが、分からない。背後を振り返ると、雛乃は思案顔をしていた。やがて、自信なさげにぽつりと、


「ひょっとして、二対一に持ち込めるから、ですか?」

「おー! 正解! みるくちゃんは可愛いだけじゃなくて頭もいいねんなー。惚れちまうやろーっ」

「……はぁ」


 なんとなく、苛立ちが伝わってくる溜息だった。


「まあたとえばそこの男……そういえば名前なんだったっけ?」

「青鴉……」

「そう、青鴉くんがやね、悪魔やったとして。俺はみるくちゃんと手を組んであんたを殺す。これでゲームクリアなわけや。このゲームは個人の能力や戦闘技術の向上はあるけど、嘘をついて騙すという性質上、一番は数の有利なんやでー」

「……なるほど」


 このジミィという男は、どうやらかなりこのゲームに精通しているらしい。少なく

とも、初参加ということは絶対的になさそうである。ならば――


「あの、一つ聞かせてください」

「なんや? 彼女ならおらへんで?」

「……このゲームって、本当に殺し合いなんですか?」


 出来れば、僕は否定の言葉が欲しかった。


「せやで」


 けれど返ってきた言葉は、あまりにも軽い肯定だった。


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