第3話 雛乃と再会
「雛乃……。町田駅にいるのか?」
雛乃に電話をかけてみた。しかし、呼び出し音一つしない。何度かけても同じだった。試しに、家族と、それから警察にも電話をかけてみた。結果は同じだった。続けて、アプリの画面でメッセージを送ってみる。しかし、これもダメだった。アンテナの表示は四本とも立っているのに、この場所では連絡ができないらしい。雛乃からのメッセージも、町田駅がおかしくなる前に届いていたものなのだろう。
「……行ってみよう」
僕は歩きだした。いま着いたというメッセージから、時間はあまり立っていない。待ち合わせ場所の改札付近に、雛乃がいるはずである。
「どこにいるんだ……?」
蝋人形と化した人々の隙間を抜け、僕は雛乃を探す。これかな? と思った人物は前にまわり顔を確認した。動きを止めた女の顔は、見るたびにギクッとするほど不気味で、そして雛乃ではなかった。止まっているため、改札をくぐり抜けて入った駅の中にも、雛乃の姿はなかった。利用しているはずの線にも降りたが、いない。ちょうど到着していた電車の中も、一通り確かめた。やはり、いない。
「うーん……」
途方にくれた僕は、ベンチに腰をかけた。止まった電車と今まさに吐き出されようとするたくさんの人間を眺めながら、これから何をすべきかを考えた。
「ひょっとしたら……ずっとこのままだったりして」
それは、ぞっとしない想像だった。体が震えた。
「……直也?」
声が聞こえたのは、そんな時だった。花を摘むようなちょこんとした口調は、一瞬で僕を懐かしくさせた。
「雛乃?」
振り返ると、すぐ背後に雛乃がいた。長い黒髪を緩やかに二つに束ね、白色のシフォンワンピースをきて、頭にはリボンの髪飾りを数個つけている。背中には小さなリュックサック鞄を背負っており、手首には可愛らしいデザインのブレスレットがあった。自分に会うためにオシャレをしてきてくれたのだな、と思った。
「直也! やっぱり直也だぁ……っ!」
ふわっと、いい匂いがした。花の匂いだ。なんの花かまでは分からないけれど、頭の奥がボーっとするような、いい匂いだ。その匂いに、僕は包まれていた。ていうか雛乃に抱きつかれた。
「ちょ、え、雛乃!?」
わけが分からない。あたふたと両手を動かし抱擁から逃れ、僕は雛乃に体を向けた。彼女は僕に逃げられたことなど構いもせずに、二カッとどこか男前に笑っている。
「ねえ直也、直也もひょっとして初参加者?」
「え?」
「私、私ね。この駅にやってきて、なんか変な黒い携帯電話拾って、それで、それで……っ」
雛乃が要領悪く経緯の説明をしてくれた。どうやら、僕とほぼ同じような過程をたどり、突然わけのわからない世界にやってきたらしい。
「でも、良かった直也に会えて!」
一通りの話を終え、雛乃が弾けるような笑顔で言う。僕も、雛乃に会えてよかったよと言いたかったが、照れくさくて鼻の頭を掻いてしまう。
「そう、だね」
結局お茶を濁すようにそう言ってから、僕は立ち上がった。その拍子にふと、雛乃へ渡そうと思っていたお土産のことを思い出した。
「あの、こんなときになんだけど」
僕はポケットから、透明の袋に入ったクッキーを取り出した。青と白と赤のフランスカラーのリボンでラッピングされていて、見た目が可愛らしかったのが購入の理由だった。
「クッキー! クッキーだぁ。ラング・ド・シャだね。嬉しいっ」
きらきらと、雛乃が瞳を輝かせる。やはり、好物は変わらないらしい。
「ほんとに雛乃はクッキーが好きだな」
呟く。この異常な空間の中で、やっと一息つけた気がした。そんな僕の顔を、雛乃は覗き込むようにして見上げてきた。大きく目を見開いて、頬が微かに上気していて……。それは、魅力的な表情だった。
「……私、クッキーが好きなのもそうだけど、直也が私のために買ってくれたクッキーだから、もっと嬉しいんだよ?」
「ぇ……っ」
かぁっと、顔が赤くなるのを感じた。対する雛乃も、明らかに赤くなっている。どう言葉を返すか戸惑っていると、照れ隠しのように早口で、
「さあ行こうか直也。いつまでもここに居てもしょうがないしね!」
「あ、待ってよ雛乃!」
歩き出した雛乃を追いかける。彼女は振り返らないまま、鞄の中にクッキーを入れていた。
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