私と伯母さんの物語〜すれ違うなら殴り合え〜

タヌキング

伯母と私

私の名前は美和子(みわこ)。17歳の女子高校生だ。

普通の人と違うといえば、私が7歳の頃に両親が交通事故で他界しており、この10年間は母の妹の伯母の薫(かおる)さん育てられたことである。

中学になるまでは仲良く二人で暮らしていたつもりだったが、ある日、薫さんの本音を聞いてしまい、私は実の伯母のことを信じられなくなった。


「アンタ、こんな時間に何処行くつもり?」


夜中の21時に友達からカラオケに行こうと誘われたので、急いで家を出ようとしたが、出掛けに帰ってきた黒いスーツを着た薫さんと鉢合わせ。

えらい剣幕で私のことを見てくる。

でも、そんなの慣れっこなので私は冷静に対処した。


「友達とカラオケです。」


「駄目よ、補導されたらどうするの?悪い友達とは縁を切れって言ったでしょ?」


いつものテンプレート的な薫さんの説教である。もうそんなの耳タコなんだけどな。

別にその友達を悪く言われても気は悪くしなかった。上辺だけの付き合いだし。でも薫さんに指摘を受けたことが腹が立つ。


「私が誰と遊ぼうが薫さんには関係無いですよね?私も17歳です。もう過保護はやめて下さい。」


「はぁ・・・生意気なこと言っちゃって、私はアナタの保護者なのよ。アナタが何かやらかしたら、私にシワ寄せが来るの。それぐらい17歳なら分かるでしょ?」


薫さんのため息混じり、皮肉交じりの言い方に、私はカッとなってしまった。


「別に頼んで保護者になって欲しいなんて頼んでない!!どうせ嫌々で引き取ったクセに!!」


「なっ!!」


私も少し言い過ぎたと思ったけど、薫さんの右手の平手打ちがパァン!!と私の左頬を打ったら、そんな罪悪感も何処かに吹っ飛んでしまった。


「痛いっ!!何するんです!!」


「口で分からないから打ったのよ!!どうしてそう反抗的なの!?私がアナタに何かした!?私はこの十年アナタに尽くしてきたのよ!!それなのにこの仕打ちは何よ!!」


薫さんは目に涙を貯めている。おそらく今日だけのことじゃなく、色々積もりに積もった感情を爆発させているのだろう。だがそれはコチラも同じこと、私はあの日のことを言うことにした。


「私が中学の頃、薫さん、家でお酒飲んでて酔っ払って寝ちゃったことあったよね?その時に寝言で言ってたの。『美和子さえ居なければ』って、私はそれ以来薫さんのこと信じられない・・・優しい良い人だって信じてたのに!!」


「・・・っ!!」


私の言葉に余程衝撃を受けたのか、薫さんは何も言わずに俯いた。ということは、やはりあの時の言葉は真実だったのだ。もうこの家を出るしかない、差し当たって友達の家にでも転がり込もう、そこで今後のことを考え・・・。


「だから、どうしたのよ。」


「えっ?」


薫さんは顔を上げてコチラを睨んでくる。普段見たこともない、まるで殺意に満ちた目で。

それを見た途端、私の体が震えだした。


「だからどうしたのよって言ったの。当たり前じゃない、アンタのせいで合コン行っても男捕まえられないし、気づけば30歳超えてて会社でお局扱いされてるのよ?アンタさえ居なければって思っちゃいけないの?・・・私は何処ぞの聖人君子じゃないっての!! 」


薫さんは靴のままツカツカと家に上がってきて、そのまま私の肩を両手で掴んで、そのまま私のことをドンッと床に押し倒した。

勢いよく押し倒された私の体に、衝撃とともに痛みが走ったけど、そんなことは今の薫さんには関係無かった。

私を押し倒した後も怒鳴り続ける。


「私はね!!アンタのせいで人生棒に振ってんのよ!!お遊戯会も!!参観日も!!運動会も!!文化祭も!!全部行った!!お弁当も毎日作ってる!!それなのに一言でアンタは私を嫌いになるの!?ふざけんじゃないわよ!!この疫病神!!」


酷い、あまりに酷い、疫病神なんて言いやがったな、このクソババァ。


「誰も行ってなんて頼んでない!!このオバハン!!」


「誰がオバハンよ!!あー本当に腹立つ!!こんなことなら姉さんの葬式の時にアンタなんて拾うんじゃなかった!!」


「私は犬猫か!!」


そこからは髪の毛を引っ掴み合いの大喧嘩に発展。

棚も倒すし、ガラスは割れるし、カーテンは引きちぎれるしで、強盗に入られてもこんな風にはならないといった感じに荒れに荒れた。

そうして後に残ったのは、髪が乱れ、鼻血を垂れ流し、疲れて呼吸を乱して床に座り込む私と叔母だけだった。


「はぁはぁ・・・このボケ娘。」


まだ言うか、このオバハン。34にしては、まだ若いじゃん。

もう言いたいことも言い尽くし、怒りの感情もミリ単位も残っていないので、私は何の反論をすることは出来ない。


「・・・最後に言っておくけどね。私が人生を棒に振ったんだからアンタは幸せになりなさいよ・・・じゃないと殺すわよ。」


殺すは一言余計だと思ったけど、確かにこの人の人生をダメにしたのは私だろう。

私は右手の中指を立ててこう言った。


「私の結婚式にアンタを呼んで、ブーケ投げつけてやる。」


「あっはは♪・・・それ最高。」


皮肉のつもりで言ってやったのに、笑う薫さん。思わず私もつられて笑ってしまった。

このあと、二人で我に返り、仲良く片付けを始めたのはシュールな光景だったけど、雨降って地固まるというのは本当らしく、私達の関係はそれ以来良好なモノに戻っていった。


〜8年後〜


今日は私の結婚式、私の席の隣には、カッコいい背の高いちょっと抜けてるところのある優しい旦那様が座っている。

今まさに幸せの絶頂である。

だがチラチラと目に入るあの人は少し気になってしまう。


「ひっく、ひっく、良かったねぇ、良かったねぇ、美和子ーー!!」


大声で泣いているのは着物姿の薫さん。隣で年下の旦那さんが、泣き止まそうとしているけど涙が止まらないみたい。

薫さんは人生を棒に振ったと言っていたけど、どうやらその棒がボールに上手いこと当たったらしく、部下の人からの告白を受けて交際に発展、そのまま三年前に結婚して二歳になる娘も居るという逆転満塁ホームランを決めた。

それは本当に喜ばしいことで良いのだけど、そろそろ泣き止まないと体中の水分が無くなっちゃうよ。

その後、薫さんが私に対する手紙を読むシーンで、薫さんと私は号泣してしまい、私のお色直しが一回増えるという珍事が起こったのはナイショの話である。







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