真夜中のカオス

水都クリス

第1話

耳をつんざく音の波の中で、テキーラショットをかきこんだ。


あぁ気持ちいい

目がぐるぐる回って

脳みそグニャグニャにやわらかくなって

私はまた一つ二つ馬鹿になったことだろう

お酒で馬鹿になるって気持ちいい

喉と胃は焼けるように熱いけど大丈夫

大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫まだまだイケる


「カンパーイ!」の声と共にどこからか廻ってきたテキーラを掲げて、飲み干す


「ミオ、飲み過ぎじゃない?」

ユカの呆れた声がする。

「ユカは酒強くて可哀想ー!」

大きな声で笑いながら叫んだ。

どれだけ大きな叫んでも、ここでは誰も迷惑する奴なんて居ない。だって、全て音に掻き消されてしまうから。

「まったく…知らないからね?」

明日になったら死ぬ程後悔する事も、イザこの場に来てしまうと全て忘れてしまう。


酒弱い?知りません

低燃費でハッピーになれて良いでしょ。


重低音に乗って踊り狂っていると、誰かに腰を掴まれた。

「そーいうんじゃねぇんだよ!こっちは!」

振り返って怒鳴りつけてやると、相手は両手を上げて降参というポーズをして遠くに行った。

あらヤダ結構イケメン。ちょっと勿体無かったかしら…って違う違う。

クラブで出会ってお持ち帰りされてやり捨てポイなんてごめんだ。ハルじゃあるまいし。


あぁ、そう言えばハルのやつ、何してるんだろう。部屋で泣いてんのかしら。あんな奴と付き合うからだ、散々止めたのに。

思い立って、フロアの重い扉を開けて、廊下に出た。そのまま目の前にある階段を上って地上に出ようとした時だった。


〜♪


スマホから着信音がして、画面を見るとまさに、ハルからの着信だった。


「もしもしー?今何してるの?今ユカとクラブに居るから出てきなよ」

『ミオ…どうしよう……ッたかもしれない』

「何ー?待って聞こえない。」

電話をしながら、地上へ続く階段を上る。

これで電波が良くなるはずだ。

『人、殺しちゃったかもしれない』

「は!?」


地上の風は冷たくて、火照った体に気持ちいい。こんな時にも、そんな事を思った。




タクシーを拾い行き先を告げて、椅子に深く座り直した。行き先はハルのアパートだ…っと。思い直して行き先変更を告げ、ハルのアパートの最寄りの駅前にした。

もし本当に事件性があるなら、証拠を残すような事はマズイ、と咄嗟に判断した。

判断?何をしようと言うのだ私は。

もしハルが本当に事件を起こしていたら?警察?いやいやハルを売るような事は出来ない。

じゃあどうする?一緒に犯罪の片棒担ぐ?ハルを匿う?

どうしよう…どうしたいんだ、私は。

ユカにはタクシーに乗る前にLINEをしておいた。急用を思い出した、と。

ユカまで巻き込む必要は無い。


「お客さん、着きましたよ。」

タクシーの運転手さんの声に、顔を上げそうになるのを堪えてなるべく下を見ながら顔を見られないようにしながら、精算してタクシーを降りた。

渋谷から車で15分ほどの駅。ハルの家はここから徒歩10分ほどだ。

よし!気合を入れて全身緊張で怒らせながらハルのアパートへ向かった。

どこにでもあるハルの古いアパートは、階段が外にある。ハルの部屋は二階なので、どうしても階段を使わなくてはならない。そっとそーっと上っているつもりなのに、自分のヒールの音がうるさい。


そっと廊下を歩き、ハルの部屋のドアの前に着いた。インターフォンを押すべきか迷って、LINEで「着いたよ」と送った。

ドアはすぐに開いた。油を差していない為に、いつもこの部屋のドアはキギィィィと、カナリヤが首を絞められた時のような嫌な音を立てる。首を絞められたカナリヤを見た事は無いが。


ドアの中には、泣き腫らした目をしたハルが真っ裸で立っていた。照明がごく僅かな為に、顔色までは分からない。

そっと部屋に入り、静かにドアを閉めた。

いつも音楽の流れるハルの部屋が、今日は静まり返っている。真夜中のせいか、ここが住宅街なせいか、外からの音も殆どしない。

私のヒールを脱ぐ音がした後は、まるっきり静かになってしまった。

音のしない静かで仄暗い空間は、何故か水中を思い起こさせた。



「で、どうなの?」

何も話さないハルに痺れを切らして聞くと、

「そんな気軽な感じで聞く?」

と、目を丸くされた。

「だって、逆にどう聞けばいいのよ。」

「いや、ごめん。分かんないや。こういうの初めてだから。」

「何度もあってたまるか。」

「そうだよね、ごめん。」

「謝るとこじゃないし…ってかどうするの?どういう事?まずは話を詳しく聞かせて。」

さっきはハルに今から行くとだけ伝えてすぐに電話を切ってこっちに向かったのだった。

「うん…実は喧嘩しちゃって。それで結構酷い事言っちゃったんだ。それで、僕はそのまま不貞寝して。起きたら…」

「死んでたの?」

コクリ…と、ゆっくり頷くハル。私はゴクリと唾を飲んだ。


「でも、それじゃハルが殺した事にはならないじゃない。」

「でも、僕が酷い事言ったから自殺したんだよ?」

「自殺なの?本当に?」

「分からないけど、それしか考えられないよ。起きたら隣で冷たくなってたんだ。」

「分からないよ、自然死かもよ、心臓麻痺とかさ、よくあるって聞くもん。」

「違う…!違うんだ!」

「だから!何でそう言い切れるの!?」

お互いの語気が強くなる。

「だって遺書があったんだ!」

「遺書が…」


あぁ、それが本当なら、自殺で間違いないのだろう。でも、ともかくそれなら事件性が無いという事になる。

私はホッとして、床にへたり込んだ。





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