プロローグ 目撃 2

 先輩が、私の恋人が、男性とキスをした。


 衝撃で頭が真っ白になっているうちに、彼女は車から降りた。


 私にしか見せたことがないと思っていた、とろけるような笑みを浮かべて会話をした後、車のエンジンがかかった。


 ここで咄嗟に電柱の影に隠れた私を褒めてほしい。


 車の運転手は、多分私に気づくことなく傍を通り過ぎていった。


 けれど、車に向かって手を振っていた先輩は気づいてしまった。


 私の存在に。


「「あっ……」」


 距離はあっても口の動きでわかる。


 私たちは同じ言葉を発して、互いにジッと見つめ合う。


「……」


 普通はこういうとき怒るよね。


 浮気だもん。


 しかも、記念日に。


 よりにもよって、大切な記念日に。


 でもね、怒りよりも悲しみがまさってしまった私は、思わず逃げ出してしまった。


 なんにも悪いことしてないのに「逃げ出す」って変な表現かもしれない。


 悪いのは彼女の方だから。


 知らぬ間に頬を伝っていた涙を拭いながら走る私のポケットに入ったスマホが震える。


 多分先輩からの電話。


 大好きな、世界で一番愛している人からの電話。


 いつもだったら秒で出るけど、今は出る気になれない。


 ほら、言ったでしょ。


 私の勘は当たるって。


「ほんっと最悪」


 もう走れない。疲れた。


 近くにあった公園のベンチに座りながら、膝を抱える。


 私たちは永遠に一緒にいられると信じていた。


 約束したのに。就職したら一緒に暮らそうねって。


 私たちなりの幸せを積み上げていこうねって。


 あの言葉は本心じゃなかったの?


 先輩の嘘つき。

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