第四話

 地下牢で初めて食べた食事は、パンに野菜クズのスープだった。

 パンは噛み切れないほど硬い。スープにしっかり浸さないと噛み切ることもできず、スープは透明に近く味もほとんどしない。それでも一日一食の食事を摂らねば力もでないのでしっかり噛んで飲み込んだ。


 なんとかして外に出られないか――。

 ない知恵を振り絞って脱出方法を探るも、唯一接触を図れる外部の人間といえば守衛のドラムしかいない。そのドラムもあれ以来押し黙ってしまい、何も進展がなく丸一日を消費して、私の寿命は残すところ六日となった。


 事態が動いたのは、二回目の食事を係の者ではなくドラム自ら運んできた時のことだった。


「今日の深夜、必ず起きて待っていろ」

「どうして……ハッ、まさか!」


 まさか、この男ときたら元騎士団長の肩書きを持つくせに、マルクスが娘にしたようなおぞましい行為を私にしようと企んでいるのか。 


「この痴れ者!」


 後退りをしながらドラムと距離を空けると、この私をゴミ虫を見るような目で見下して運んできた食事を下げようとした。


 ただ胃袋に詰める作業とはいえ、さらに一日空腹で過ごさなくてはいけないなんて考えたくもない。

 慌てて言い過ぎたと謝罪すると、不機嫌さを隠さずに反論してきた。


「いいか、俺は生涯亡き妻一筋と決めているんだ。お前のような子供ガキに欲情するほど落ちぶれてはない」

「ですから、早とちりしたことは謝ってるじゃないですか。えっと、深夜まで起きて具体的には何をなさるんですか?」

「俺がここから脱出させてやる」

「ここから出してくださるんですかっ!?」


 思わず声を張り上げてしまい、顔より大きな手のひらで口を塞がれた。

 むーむーと抗議の意を示すと、ドラムは人差し指を口元に当てて「静かにしろ」と声を潜める。黙って頷くと圧迫感から解放され、一先ず説明を聞くことにした。


「俺たち守衛は勤務時間が厳格に管理されていてな、大した仕事でもないが持ち場に一分一秒でも遅れることは許されないんだ」

「確かに言われてみれば、そのおかげというのもおかしいけど、外の時間もある程度は把握できるようになったわ」

「地下牢以外にも、城内はもとより街中にも守衛はたくさん配備されている。全員の勤務態度が真面目とは言えんが、先程言ったように時間だけはきっちり守る連中だ」


 的を得ない言い方に痺れを切らした私は、さっさと用件を言いなさいと両腕を組んで先を促した。今しがた失礼な物言いをしたことなど忘れたように。


「いいか、何度もいうが守衛は時間に縛られてると言っても過言ではない。裏を返せば、時間さえ把握していれば誰にも見つからずにここから抜け出すことも可能ってわけだ」

「なんですって? でも、それじゃあ他国の密偵スパイが自由に出入りできてしまうんじゃ」

「だから不定期に守衛の勤務時間は変わるんだよ。これでもまだ慕ってくれる部下が上層部にいてな、今日の深夜に上手く城内を抜け出せそうな経路を調べたんだ」


 まさか、そこまで私の為に危険を犯してまで調べてくれたのか?。


 ドラムに対する評価を改める必要がある一方、なぜ急に脱出の手助けをする気になったのか尋ねると、金属の胸当ての内側からロケットペンダントを取り出して渡してきた。


 中を確認すると、一人の女性がこちらに微笑みかけている写真が収められている。

 社交界に出席すれば、間違いなく男性の人気を集めるであろう美人だった。

 

「その写真に写っているのは、娘のモニカだ」

「……そうなの。これだけ美人だったら、さぞ自慢の娘だったでしょうね」

「ああ。まだ騎士団長だった頃、よく言われたよ。『お父さんは自慢のパパだ』ってな。それで一晩考えた――今の俺は娘が誇れる父親であるかと」


 私の手のひらに大きな手が被さって、大事そうにペンダントを掴んだ。私と同じら暖かい体温を感じる。


「考えた末に、俺はお前を助けることにした。ここで見捨ててしまえば、死んでから合わす顔がないからな」

「ドラム……。本当にありがとう」


 心から感謝を告げる。それから言いつけどおりに普段はとっくに眠りについている時間まで起きていた。眠そうに立つ守衛と交代したドラムと視線が交わる。

 ようやく、私の復讐が始まる時が来た――。

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