第三話

『被告、アシュリーを火炙りの刑に処す――』


 最初から仕組まれていたというマルクスの言葉通り、一切の発言権もなく法廷に立った私は、自らに下された判決に愕然とした。


 犯罪を立証する証拠もなく、全てはマルクスの証言を鵜呑みにした裁判官によって最初から判決が決まっていたに違いない。  

 ふと、裁判長の視線がアシュリーに向けられた――その目には嘲笑の色が浮かんでいる。


 何者かの意思のもと、歪められた裁判に何の意味があるのだろうか。

 再び地下牢に叩き込まれた私に、わざわざ会いにやってきたマルクスは鉄格子の中を覗き込みながら、醜悪極まる笑みを浮かべた。


「一週間後に死刑だとよ。しかもユースティア王国建国以来、三人目の火炙りだとよ。どんな気分か教えてくれよ」

「……うるさいわね。そんなに知りたいなら、今からでも全部自分がやりましたって自首すればいいでしょ。女王ママ女王ママって泣き叫ぶと良いわ」

「ふん。随分と生意気な口を利くようになったじゃないか。まあ、今は気分がいいからお前の無礼千万な言動も見逃してやる。次に会うときはお前の最後だ」


 高笑いしながら階段を登っていく。耳朶の奥にいつまでも不快な声の残響が残るようで、気持ち悪かった。

 最初から能無しだとはわかっていたが、こんな本性が隠されていたと知っていたらいくらお父様たっての頼みだとはいえ、政略結婚など断固反対していた。


「それにしても、こんなときでさえお腹が減るのね……」


 処刑が確定した身でありながら、はしたなく空腹を訴えるお腹をさする。

 昼も夜も定かではない地下牢に閉じ込められ、時間の感覚が次第に薄れつつあったが交代で訪れる守衛の会話を聞くに、丸一日は何も食べていない計算になる。


「ニナが焼いてくれたクッキー……また食べたかったな」


 死んでしまったニナのことを思うと、腹の底が焼け爛れるような怒りを覚える。怒りは莫大なエネルギーを消費して、さらに空腹を意識してしまう。


 慟哭どうこくに似た音が地下牢に鳴り響くと、それまで一度も口を利かなかった守衛が直立不動を保ったまま、口を開いた。


「飯ならじきに係の者が運んでくる。それまで辛抱してるんだな」

「だ、黙ってください! そんなことより、お父様に手紙を送りたいのですが」

「ならん。マルクス様の厳命で、処刑当日まで貴様が持ちうる全ての権利が剥奪されている」

「そんな、せめて家族に連絡をさせてください!」


 いくら三姉妹の末っ子とはいえ、無実の罪で処刑されることを良しとするはずがない。事情を伝えれば、何か対策を講じてくれるかもしれない――。

 そんな僅かな希望を守衛は淡々と次の言葉で断ち切った。


「これは俺の想像だが、お前の処遇は既にザガインに届いている」

「なんですって? なら、何故お父様はなんの行動も取られないんですか」

「取らないんじゃない。取れないんだ」


 急に喋りだしたかと思えば、一守衛でしかない男は事態のすべてを把握しているとでも言うように語りだした。


「ここで下手に反対の意を示せば、小国でしかないザガインなど大国の足で踏み潰されておしまいだ。一国を預かる王が、娘の命と国家のどちらを取るかなど考えまでもなく理解できるだろう」

「そんな……」

「現国王もマルクス皇太子にはてんで甘い。揉み消された事件など両手の指でも数え切れん。俺の、愛娘も奴にもて遊ばれた一人だ」


 そう言って振り返った守衛の右眼は、酷い刀傷を負って光を失っていた。


「貴方はいったい……」

「俺はドラム。かつてユースティア王国の騎士団長を任されていたが、今ではしがない守衛に身をやつしている」


 それほどの経歴がある人物が、何故守衛をやっているのか尋ねると、震えながら拳を握りしめた。


「俺の娘は、かつてマルクスに強引に迫られていた。その度に断っていたのだが、ある日薬を盛って逃げられなくなった娘を無理やり……」


 声を振り絞るドラムの話を聞いて、マルクスは以前から毒を盛るのに慣れていたんだろうと確信した。生かさず殺さず――対象の動きを封じる毒の効果は身をもって味わっている。


 その後、ドラムの娘は自室に引きこもるようになり、自身の誕生日に部屋で首をくくっていたという。残された遺書にはドラムへの謝罪が記されていた。


 立場を利用して無理やり娘を襲っマルクスの罪をドラムは訴えた。しかし、誰にも訴えを聞き入れてはもらえずそれどころか不敬罪の判決を受け、片目、片腕、片脚の腱を斬られる罰を受けた。

 ユースティア王国では、体の半分を失ったに等しい刑によって、半人前からやり直せという意味が込められている。


「俺は余計な真似をしないように、最下層の守衛の職に就かされた。今でも忘れられない……マルクスが俺に、『娘も失い、体も満足に動かせなくなったお前は半人前以下だな』と、嘲り笑ったことをな」


 ドラムの怒りが手に取るようにわかる。そして、これを利用する他に脱出する機会は存在しないことも。


「そんなに憎いなら、一緒に手を組みましょう」

「……なんだと?」

「私は、私の尊厳と大切な親友を奪われた。ドラムは大切な家族を蹂躙されて失った。自分だって傷つけられて要職を追われた。全部マルクスアホのせいじゃない。私達、仲良く出来ると思うんだけど?」


 ふっ、と初めて笑ったドラムは、途端に氷のような表情を浮かべる。


「そんな安い説得を受けるとでも思ったか」


 そう告げると姿勢を元に戻した。交代の兵士が訪れると、何事もなかったように持ち場を離れ、ドラムが去っていく。

 よくよく見れば、片脚を不自由そうに引いていた。

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