第3話
森を抜けて開けた場所にでました。
北にそびえる山脈を背景にして、十字架と六芒星を掲げた教会が立っています。視界の右には小川が流れ、その向こうには畑が広がっています。
左側は牧場になっているようで、牛と羊と鶏が柵の中の雑草や虫を一心不乱にぱっくりむしゃむしゃ食べています。
「こっちです!」
アーサーに手を引かれ教会へ向かいます。
彼は教会の前で立ち止まるとわたしに向かって振り返り、仰々しく右手を広げてわたしに教会をみせつける素振りをしました。
「これが僕らの家! そして僕らの教会! 聖メテオール教会です!」
不思議な造形の教会でした。
聖堂の後ろに普通の家が二つほどくっついているようなそんな形をしています。
おそらくもともとは聖堂だけだったものを後に増築したのでしょう。
おまけに聖堂の二階にあるベランダには服が干してあり、あまり厳かな雰囲気は感じられません。
どちらかというと牧歌的で庶民的。王宮の雰囲気とはまるで違います。はたしてこんな場所で最後の試練を受けることができるのでしょうか。
と、不安に思っているとベランダの淵に立っている二人の人影が見えました。
「おいガリバー! 俺の服をひっぱるなよ!」
「だ、だってルド! 君がこんな場所に服を干すからいけないんだろ!」
「高い方が気持ちいいじゃねーか!」
「馬鹿なのか君は!」
どうやら干していた服を二人の少年が取り込んでいる様子。
片方は黒髪で襟足を白い紐で結んでいます。
もう片方の少年は蒼髪の短髪で眼鏡をかけています。
どうやらガリバーと呼ばれた蒼髪の少年は、ベランダの淵に立って服を取り入れるのが怖いようで、ルドと呼ばれた黒髪の少年の服を握っているようです。
端的にいって、二人とも落ちそうです。
「お、おいガリバー! いい加減に離せって!」
「ま、まってまって、ほんとに……うわ、わ、お、落ちるうううう!」
「うわああああああ!」
案の定、ベランダから二人の少年が降ってきました。
わたしはとっさに落下地点に体を滑り込ませ、落下の衝撃を遠心力に変えるために体を回転させつつ二人をキャッチ。少年二人は小脇に抱えられました。
これでも成人男性に引けを取らないほど体を鍛えこんでいるのです。
二階から落下してくる少年二人を抱えるなんて造作もないことなのです。
「うおおおおお! すっげええええ! ねーちゃん何者!?」
黒髪の少年ルドは、わたしに抱えられたまま目を輝かせていました。
「ぶくぶく……」
蒼髪の少年ガリバーは、泡を吹いて白目を向いています。
「二人とも、あんなところに登っては危ないですよ」
「へへへ、ごめんごめん。あ、でもさ、二人じゃないよ!」
「へ?」
「プルートのやつが反対側から脚立で服を取り込んでたんだ!」
ルドの返事に一瞬、思考が停止しました。
直後、がしゃん、というなにかが倒れる音が頭上から聞こえてきて、足元にもう一つ影があらわれました。
「わあー」
とっさに顔をあげると、視界の中央に迫ってくる桃色髪の男の子。
落下しているというのにまるで関心がなさそうなぼんやりとしたその表情と間延びした声を認識した後にはもう、わたしは少年二人を抱えた両腕を前に突き出しながら後ろ歩きに下がっていました。
ずしん、と三人目を受け止めるも、流石のわたしもまともに受け止めては耐えられず倒れてしまいます。
後頭部を強かに打ち付け、わたしはそのまま気を失ってしまったのでした。
夢を見ました。
いつかみた、あの真っ白い空間の夢。
でも、今度はあの少女は見当たりません。
その代わり、わたしの目の前には小さな茶虎の猫が一匹います。
猫はわたしの足にすり寄ってきました。
わたしはその場にしゃがみこんで、猫に手を伸ばします。
「くぁいい……」
舌足らずな口が、無意識に言葉を発しました。
くぁいい……とは、なんのことなのでしょう。
言葉の意味はわからなくとも、わたしが猫を撫でることでなんらかの安らぎを感じていることはわかりました。
酷く懐かしい感覚です。安らぎ、などというものは遠い昔に置き去りにしてきたからです。
いつまでも撫でていたい。夢の中でならそれも許されるでしょう、と思っていると、いつのまにか目の前に鎧を纏った足が立っていました。
見上げるとそこには一人の兵士がいます。兵士は前かがみになって猫の首根っこをつまみ上げると、そのまま猫をどこかへ連れ去ってしまいました。
わたしは遠ざかる兵士の背中をみつめたまま立ち上がりもせず、俯いて、膝に顔を埋めたのでした。
「くぁいいの……」
くぁいい……か、わ、い、い……?
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