第3話 4人

 19世紀頃のフランスのキャバレーでかかっているような音楽に、壁には天使が微笑んでいる絵が所狭しと掛けられている。なんとも独創的なこの空間は、ラッキーピエロという函館の地元の人々に愛されているハンバーガーチェーン店だ。


冬月移流(としつき うつる)はよく、趣味で書き続けている小説の構想を練る為に、五稜郭公園を何周か歩いた後、公園のすぐ目の前にあるここのラッキーピエロ、通称ラッピにきて文字に起こす作業をすることが多い。


「シェイクのモカひとつお願いします」


注文をし、店員から番号を渡される。99番。

危ない...後2つ遅ければ、盛大にベルを鳴らされるところだ。ここの店は、ラッキーワン賞というものがあり、1番の番号になった際には、店員からここのイメージキャラクターであるラッキーくんの缶バッジをもらえることになっている。100番を過ぎるとまた1番に戻るという仕組みだ。


移流は一度、ここでベルを鳴らされとても恥ずかしい気持ちになった経験があり、それ以来恐る恐る注文をするようになった。まったくありがた迷惑な話である。まあラッキーなのかもしれないが、せめて友人や誰かと来た時にしてくれ、と思った。まあ、友だちと呼べるものなんて私にはいない。唯一呼べるとしたら、1年生の頃仲良くさせてもらっていた...


「おーい移流〜」


3人組の中の女の子が一人、私の名前を呼んでいる。赤毛の女の子、春歌咲だ。

そう、私の唯一友人と呼べる人たち。


1年生の頃、無愛想で無口な私は学校で本ばかり読んでいた。友だちは欲しくなかった言えば嘘になるが自分を偽ってまで明るく振る舞うよりは、本という自分の世界で生きていた方がずっと心が楽だった。そのせいもあってかなかなか友だちができない移流に咲たちは唯一声をかけてくれた。友達になろうと言ってくれた。5月にあった春の遠足をきっかけに私たちは仲良くなり、それからいろんな日々を1年間4人で過ごした。


2年生になって咲たちとはクラスが離れ、それからなかなか4人で集まる機会が減ってしまったが、いまも仲良くさせてもらっている。それが私には本当に嬉しくて、彼女たちの存在が現実の世界と本の世界を繋ぎ止めてくれている存在だった。そして、中には恋心さえ抱いてしまっている人さえ…


モカシェイクを緑色の半透明のストローで飲み干し、軽く手を挙げてみせる。


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 「いや〜まさか移流もここに来ているとは思わなかったよ。仲間外れにしたわけじゃない。ちょっと葉に相談があってな。こいつはオマケ」


「ちょっと!オマケって何よ!」


「だってしょうがないだろお前が強引に割り込んで来たんだ」


「なにを〜!!」


「はいはいはいその辺にしておけ二人とも」


葉が割って場を収める。


「てことでさ、十季。これはもうみんなに話せって神様からのお告げなんだよ。今日4人で揃ったっていうことはそういうことだ。」


覚悟を決めたようにため息をつき、みんなの目を向いて話す。移流がキョトンとしているのが目に見えてわかったのが可笑しかった。それもそうだ、なんのことを言っているのかまったくわからないだろう。


「金曜日の夜、声が聞こえたんだ」


「声?もうちょっと詳しく聞かせなさいよ」


「うん。普段通り家に帰って、自分の部屋で過ごしていたら急に女の人の声が聞こえてさ。私を見つけてって。その一言なんだけど...」


「妹か母親の声ではないよな?」


「ああ、流石に間違えないさ。遠くから聞こえてさ、あの後家族にも聞いて見たけどみんなそんなの聞こえなかったって。」


「あまり信じられないけど、でも本当なのよね。」


十季の目をまっすぐ見て、移流が言う。


チクリ。胸が少し痛む。なぜだろう、さっき会った時もそうだったが、移流と目があうと心臓を細い針で刺されたみたいな痛みが走り、郷愁がさざ波のように迫っては返っていく。まるでどこかの浜辺に立っているみたいだ。


「ええ〜私なんか怖くなって来た。私だったら大声で叫んじゃいそう」


咲の言葉に十季も内心、うんうんわかると頷く。


斜め前に座っている葉から視線が送られてくるのを感じる。


「本当にそれだけか?」


ぎくりと背筋を正す。ほんと、葉は鋭いやつだ。

そう、俺にはまだひとつ気になっていることがあった。


「声に関係ないかもしれないんだけどさ、その日夢を見たんだ。あんまり思い出せないけど、女の子と手を繋いでる夢。しかも両手に。」


「うわっ。二股やめなさいよ...」


「ちげーよ!小さい女の子だ、多分5歳くらい?」


「幼女か...」


まったくだから咲には言いたくなかったのだ。絶対にからかわれると思ったから。てかあれは少女だろ、あれ幼女と少女ってどこから違うんだっけ、そんなどうでもいいことを頭の片隅で考えてしまう。


「まあまあやめようよ咲。十季も冗談でこんなこと言わないでしょ。」


移流が助け舟を出してくれる。


「なるほど。なんかまだあるのかなと思ってみたがやっぱりか。つまり?十季はそのどちらかの女の子の声なんじゃないかって、そう思ってるんだな。」


俺は生暖かい唾を飲み込んで口を開く。


「馬鹿げてるのはわかってる。ただ、なんかその夢が関係しているような気がするんだ。ここ数日その夢のことが頭から離れなくてさ、雲をつかむ話だけど俺にはその声の正体の少女を探さなきゃってそう思うんだ。」


一同に沈黙が流れる。最初に口を開いたのは移流だった。


「大変だったね、十季。また何かあったら教えてよ。私たち、ちゃんと聞いてあげるから。」


移流はこう見えて芯の通っている奴だ。人に寄り添える優しさも持ち合わせていると十季は思っている。


葉と咲も頷いてこっちを見てくる。


「みんな、ありがとう。」


この時、俺たちはまだ知らなかった。これから4人に起こる奇跡を。一生忘れられない夏になることを。

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