第2話 学校で
ドスン。
身体に確かな重みを感じて、十季は重いまぶたを持ち上げた。
そこにはあどけなさの残る見慣れた顔が、ニヤッといたずらめいた笑みを浮かべている。
「そうやって上に乗っかって起こすの本当やめてくれ...」
「ええ〜いいじゃん。っていうか早季は何回も声かけてるからね」
「それはそれとして、お前もう中学生だろ??」
「小学生も中学生も変わらないよ〜」
早季が俺の肩を持ってグラグラ揺らしてくる。
「いいからどけろ」
「わあっ!!」
上に乗っかっている妹を強引に下ろしたところ、バランスを崩したようで早季は見事な開脚後転を決めてみせた。そして制服のスカートがめくれ...
「お兄ちゃんのばかーー!!!」
今季いちばんの大声が早朝の杉並町になり響いた。
まったく。なんで朝から妹の下着を見なければならないのか。まあ思春期に入りかけの時期の妹に素っ気なくされるよりは何倍もマシかな。
そんな朝の一連のやりとりを思い出しながら学校の支度をし、家を出る。
いつものように五稜郭駅前の電停から、末広町へ。中学生の頃もう少し勉強していれば家のすぐ近くの高校に通えたのにな、と高校3年生にもなってまだ思う時がある。
夏の函館は暑い。関東に住んでる人は、北海道だから涼しいだろうと思うかもしれないが、そんなことはない。ちゃんと夏は暑いのだ。といっても30度を超える猛暑は1.2週間あるかないかだが。
キーンコーンカーンコーン
始まりのチャイムが鳴り、週初めのだるさと朝の眠気をあくびと一緒に吐き出し、十季は後ろから2列目窓側、自分の席に着いた。
いつもギリギリだが、間に合えばいいというスタンスの十季は始まりの5分前、ましてや10分前に学校に着いたことなどない。
暑さとだるさで授業など頭に入らずもなく、いつも頭の片隅には、あの"声"のことがぐるぐると渦巻いていた。
一日の授業をなんとかやり過ごし、学校の正門へ向かう。
そこには、栗色の髪を流したいかにもイケてる雰囲気の男子生徒がイヤホンで音楽を聞きながら、読書をしていた。
遠くで女生徒が、話しかけようかかけまいかキャーピー言い合っている中、栗色の髪の男生徒の片耳のイヤホンを外して、声をかける。
「よっ。お待たせ、葉」
そんなラップじみた挨拶をされ少々怪訝な顔もするも、すぐに笑みを浮かべてこちらを見る男生徒の名前は、秋木葉(しゅうき よう)。俺の親友だ。
葉は女生徒に手でサインを送りつつ、俺はそれを呆れて見ながら二人は校門から出て行く。
「ほんと、モテる奴ってのは思わせ振りな奴ばっかりだぜ」
「違うって、少し遊んでいるだけだよ。傷つけたりなんてしない。ファンサービス?みたいなものさ」
自分でモテると自覚しているがこいつはなぜか嫌味がない。きっと必要以上には女性と関わらないちょうど良いラインを保っているからなのだろう。
葉は突然スマホをこちらに見せてくる。
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聞いてくれ。心霊現象が起きた。
とりあえず月曜日話すから、帰り正門で待ってくれ。
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これは俺が昨日、葉に送ったラインである。
「さあ、どんな面白い話なのか聞かせてくれよ」
「面白いってお前なあ、俺は本当にこの3日間悶々としてたんだぞ」
「わかってるって。ごめんごめん。それで?」
「うん。金曜だな。その日俺は...ッッブッッ」
途中で誰かに背中をバッグで思いきり叩かれ、俺はなんとも情けない声が口から出てしまった。一体なんだというのだ。誰がこんなこと、と考えつつもこんな真似する奴は一人に決まってる。
俺のクラスメイトで幼馴染の春歌咲(はるか さき)だ。
赤茶色の髪が太陽に照らされて赤くキラキラ光り、カバンにはピンク色の犬のキーホルダー。星も一緒についたそれは、バッグにつけるには少々大きすぎるサイズだ。
「なんか面白い話が聞こえてさっ」
なぜか得意げに俺をぶちのめしたカバンを肩にかけ、ニヤッと笑っている。
「はあ。なんだお前かよ。ま、こんなことするやつお前くらいだけどな」
「お前呼びやめて!ちゃんと咲って呼んで」
「はいはい」
と言いつつも妹の名前もさきなため、小学生の頃からなかなか呼べずにいる。悪いなとは思うが、仕方ない。
でもまあ、本当にこいつもこいつで妹の咲季みたいだ。小学生の頃から何も変わってない。
「それで、、俺もいるんだけど」
「ああごめん葉、咲が割り込んで来ちまった。また、明日でいいか?」
「ええ〜早く、あの心霊現象の話聞かせてくれよ〜」
葉がわざとらしく大声で言う。
「ちょっ、おま...」
咲の方を見ると案の定ニヤニヤして、頷きながらこっちを見ている。
「万事休すか...」
こうして俺は、仕方なく咲にも話すことを受け入れ、3人は帰路についた。
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