青いソーダが弾けたら僕達はまた君をおもいだす。

神馬 皓介

第1話 プロローグ その夜

 ああ、ここは一体どこだろう。


時間と空間のかけらが星や小惑星となり、紺青の空を無数に流れている。


あたり一面は見渡す限りの地平線が続いていて、この世界がどこかに存在していると主張していた。


触ると一瞬で壊れてしまいそうなこの世界に、俺はただただ立ち尽くしていた。


 そうやってどのくらい時間がすぎただろうか。地面には色鮮やかな星のかけらが、落ちては消えている。


ピロン。


LINEのメッセージだ。携帯を取ろうとポケットに手を入れようとしたその時、初めて自分が人と手を繋いでいるのに気がついた。


それも両手。


長い髪と、透けるような白い肌。身長はかなり低い。少女だ。


つまり俺は、ずっと2人の少女と手を繋いでいたのだった。


その異様な状況を目の当たりにしてもなお、落ち着いてそれを受け入れている自分が少し可笑しかった。


何時間も声を発していなかったのか、カラカラになっている喉をこじ開ける。


「き、君たちはいったい...」


その時、泣きたくなるくらいのとてつもない郷愁に駆られ、胸の中のこの気持ちをすぐに吐き出してしまいたいがなんとか踏みとどまる。


2人の顔を交互に見ると、全くもってそっくりな顔をしており、目はこの空のように紺青に輝いていた。またも得体の知れない懐かしさに襲われ、胸に柔らかくも確かな痛みが走る。


2人の少女は俺の心を見透かしているかのように微笑み、


「「行こう...」」


そう声を重ね、俺は手を引かれ地平線に向かって2人と歩き出す。


後に何か言っていたような気がするが、なぜかそこだけが靄がかかったように聞き取ることができなかった。


そうだ、俺はずっと二人に逢いたかった。これからはずっと一緒だ。絶対に離れたりなんかしない。


まるで違う誰かが自分に乗り移ったみたいに不思議とそう強く感じた。


2人の小さな柔らかい手を繋いで、このままどこまでも歩いていけると思った。


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ガタンゴトン、ガタンゴトン


すっかり暗くなった街の風景を横目に、今日も市電に乗って夏瀬十季(なつせ とき)は帰路についた。

十季の通っている高校は函館山の麓にある高校で、毎日約300mもある坂を上り下りしなければならない。下校としては、長い坂を下った後に市電に乗る、というパターンだ。

自転車で通学している生徒もいるが、登校においては地獄のようなキツさのため、手で自転車を押しながら登校している生徒がほとんどだ。絶対に手で押すことになるのになぜ自転車で来るのか、という疑問を十季はここ2年半の間ずっと待ち続けている。


そんな他愛ないことを考えながら家に帰ると、真っ先に誰かが駆け降りてくる音がした。5歳年下の妹の早季(さき)だ。


「お兄ちゃんおかえりなさい」


無邪気な笑顔で出迎えてくれる妹に、少しからかいを含めて言う。


「ただいま。今日はちゃんとパジャマなんだな」


「昨日がたまたま制服のまま寝ちゃっただけ!」


たまたまと言ってはいるが、よく早季が制服のままリビングで寝ているのを見かけることがある。まあこの場がめんどくさくなるだけなので今は言わないでおくのが賢明だろう。


ふくれた妹を見て、今年でもう中1になるが、何歳になってもこいつは変わらず可愛いもんだなと思う。


…チクリ。


得体の知れない胸の痛みを振り払うように、早季の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


「も〜子供扱いしないでよ〜」


そう言いつつも嬉しそうな早季を後にして2階の自室に向かう。


 夕食をいつものようにやや大きめのダイニングテーブルでとった後、軽くシャワー浴びて、髪を乾かさずにすかさずベッドへダイブ。


 時刻は21時を過ぎていた。


夏休みまであと1週間という季節柄だが、高校3年生の十季にとっては夏休みであって夏休みではないのだ。

そう、受験対策として試験のための勉強をしなければならないからだ。一応大学に進学を希望してはいるが、特にこれといった行きたい大学があるわけではない。そのためか、3年生の夏になっても勉強には身が入らないでいた。


暑さのせいか、先の見えない不安のせいか、次第に悶々とした気分になる、そんな時だった。


『私をみつけて』


遠くから微かだが、明らかに女性の声が聞こえた。幼い子が切実に消えそうな声で伝えているようにも聞こえるその声は、どこかで聞いたことがあるような不思議な感覚だった。


正直とても怖くて、中1の妹がいる隣の部屋で危うく大声で叫び出しそうになったがなんとかその場を耐え、次の一声に耳をすませた。


そうやって10秒ほど耳をすましていたが、後に続く声は聞こえず、隣から早季の何語かわからない楽しそうな歌声が聞こえてくる。部屋には秒針の動く音だけが聞こえ、確かに時間が進んでいると教えてくれた。


どうやら、俺の頭は夏の暑さと受験へのストレスでついにおかしくなってしまったようだ。


「これは来週、葉に相談だな」


まったく、明日から三連休だというのにひどい幕開けじゃないか。月曜日は海の日で祝日。まあ特に予定もないので、仕方なく机に向かうフリだけはしようと思う。


ため息と一緒にストレスを吐き出し、お気に入りのYouTuberの動画をタップする。


日本人女性がフランスを旅行しているvlogだ。華やかなパリの街を6.1インチの四角い直方体を隔てて眺め、気づいたら眠りに落ちていた。


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その日、不思議な夢を見た。またあの夢だ。星が降り注ぐ儚くも美しい世界で少女が2人。両隣にいて手を繋いでいる。


翌朝、両手に確かな暖かい感覚だけがそこに残っていた。

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