第3話
……何で?
問いかけるように、みち花は雪村を見る。
頬杖をやめた雪村の、ゆるくて柔らかな黒髪が、くっきりとした鋭い顔のりんかくに沿う。
雪村の垂れ気味の瞳はもう、眠たそうではなかった。何か、明らかな意思でもって、みち花のことをを真正面から強く、見つめている。あまりに視線が強すぎて、こちらからは、目をそらすことができない。みち花の両目が見開いていく。
雪村の、透き通った薄茶色の瞳から甘やかな光が零れて、溢れて、まっすぐにみち花に注がれる。
時々、彼の瞳にはこの光が宿る。すごく綺麗な、でも油断したら一気に、引きずりこまれてしまいそうな光。
どうしてそんな目で、私を見るんだろう。
理由を知りたい気もするし、やっぱり怖い気もする。
お互いだけを見つめ合って、どれくらいが経ったのか。雪村がふいに、淡く微笑んだ。つながれた手が、ゆっくりと、雪村の方へ引っ張られていく。みち花の体が傾きかけたその時、
「ちょっと。いちゃつくなら、出てって」
感情を抑えた低い声が、みち花の耳にさくっと刺さった。
「!」
ひどく驚いたみち花は、反射的に、声がした方を向いた。声のおかげで雪村との視線が外れ、周りの様子がわかるようになる。
今や、被服室にいる手芸部全員が手を止めて、みち花と雪村を見ていた。皆、子どもみたいにぽかんと口を開け、目を丸くしている。
声の主は、みち花たちと同じテーブルの向かいにいた。三年生で部長の、飯島先輩だ。腰まで届く長い髪を、いつも丁寧に三つ編みにしている、おっとりとした優しい人だ。その飯島先輩が気弱そうに、それでもじっとと雪村をにらんでいる。
「え、えっと?」
訳がわからず、きょとんとするみち花に、飯島先輩がびしっと手をかざして、合図する。
「山岸さん、大丈夫。気にしないで。悪いのは隣の人だから。今まで見逃してあげてたけど、あんまり調子に乗るなら、顧問の先生に言うからね」
飯島先輩が、きっぱりと言った。他の部員たちは、そわそわと成り行きを見守っている。よく注意した、と感嘆しているような、でもどこか困っているような、おかしな空気が漂う。
いちゃつく、とは……?
みち花に心当たりはない。なぜだか、にらめっこみたいには、なっていたけど。もしかしてそれも、男子相手には変なことなのかも?
悩み始めたみち花の隣で、雪村が聞き分けよく、大きく頷く。
「はーい。以後、気をつけます」
明るい声でそう言うと、雪村は名残惜しげにゆっくりと、みち花の手を離した。
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