第5話
「かくして凶器は隠滅されたのよ」
聖沢は満足そうに話を締め括った。
よく考えれば突飛もないトリックだがなんだか信じたい気がした。これは犯行が知られたくないとかそういった意志とは違う、彼女の推理が当たっていて欲しいという、また別の願望だった。
「そうか。でどうするんだ? 俺を警察に突き出すか?」
俺はすでに覚悟を決めていた。全て真相は話してしまったし、それにこの子にだったらいいように思えたからだ。
「あなたの話を聞くまではそうしようかと思ったんだけど——絵梨さんのこと本当に好きだったのね」
後半は慰めるような口調だった。
「ああ、とても好きだったよ。全然俺には振り向いてくれなかったけどな。そりゃそうだ、俺には何もない。退屈な日常の繰り返し。積み重なる劣等感。こんな男が絵梨のために出来ることといえばあれしかなかった」
なんだか言い訳がましいような気がした。どれだけ脚色して話そうが俺はただの殺人犯だ。
「私が思うに、あなたを強行に駆り立てたのは、もちろん絵梨さんの仇である遠藤だけど、退屈な日常にあるんじゃないかしら?」
俺は弱々しく微笑む。
「君はそんなところまで推理出来るんだな。確かにそうかも知れない。遠藤の殺害計画を練っている時、こんなことを考えていたんだ。俺は退屈な日常を打破することと、絵梨の仇を打つことを同一視しているのかもしれないってな。でも絵梨を想う気持ちと遠藤への怒りは本物だ。決して憂さ晴らしなんかじゃない」
「そして、これからも続く人生をどうするつもりなの?」
神の前で懺悔しているような気分だった。言い逃れをしようとか、綺麗事を言おうなんて思わない。ただ思うがままを口にするだけ。
「まあ俺もまだ若い自覚はある。結婚もしたいし、挑戦してみたい仕事だってあるしな」
「へえ、案外俗物なのね。結婚は今すぐには無理かもだけど、挑戦したいことはやるべきよ」
「どうだろうな。俺は今まで通りの退屈な日常が似合う退屈な男なんだよ」
「それじゃあ駄目よ。あなたが犯行に走った原因はその日常にあるのだから。あなたは今までとは違う人生を歩まなければならない。そうでないのなら、自首しなさい」
今までで一番厳しい口調だった。眼光も鋭い。
「分かったらほら、何か目標があるんでしょ、教えてみて?」
「言いたくないよ」
「言いなさい。じゃないと警察に突き出すわよ」
弱った。まさかここで密かな目標を発表するとは思わなかった。
「……笑うなよ?」
「もちろんよ」
彼女の表情は真剣だった。
「……探偵」
ぷぷっと盛大に吹き出す聖沢。
「なんだよ。やっぱり笑ったじゃないか」
「ごめんごめん。その答えは推理出来なかったわ。どうして探偵になりたいの?」
見ると目尻に涙を溜めている。そんなに可笑しかったのだろうか。
「そんなに笑わなくてもいいだろ。
なんていうか、俺は遠藤を殺すため探偵の真似事をして自分でやつの素行調査をしてみたんだ。興信所に頼む訳にはいかないからな。自分なりに結構うまくやったと思う。
調査をしながらこれは死んだ絵梨のため、遠藤への復讐という自己満足の行動だっていうのは分かっていた。だから罪悪感を抱いていたのも事実だ。そんな時こう思ったんだ。これを世のため、人のためにやれたらいいだろうなぁって」
「ふーん、いいんじゃない? 探偵は推理小説の世界では神に等しい存在だものね。でもあなたは探偵ってよりも能無しのワトソンって感じだけど」
へこんだ。図星だったからだ。
「自分でもそう思うよ。だからいいんだよ、俺を雇ってくれる探偵事務所なんてないだろうしな」
「何を言ってるの、ここにいるじゃない!」
聖沢が勢いよく立ち上がる。見上げるとすでに日が暮れようとしていた。
彼女の背後には夕暮れ。まるで後光のようだった。推理小説の世界でいうところの神——探偵。
「本当に? 本当にいいのか⁉︎」
「もちろんよ。まずは助手からだけど。いいわね?」
「ありがとう、嬉しいよ。俺、その、なんていうか嬉しいよ」
思わず俺は涙を流していた。彼女の神々しい姿に感動したのか、こんな俺を雇ってくれるのが嬉しかったのか、それとも昨日からの疲れなのか、よく分からないが涙が止まらなかった。
「よろしくね、敬助」
彼女が右手を差し出す。俺はその手を強く握り返した。
「ああ、よろしく頼むよ」
夕暮れに包まれた公園。
今までの無機質な日常、卑屈な自分。それらが夕暮れと聖沢晴夏の手によって浄化されていくようだった。
大丈夫だ、俺は生まれ変われる。そう確信した。
夕暮れの殺人 カフェオレ @cafe443
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