第3話

「……だったら、どうする」

 女はそうね、と言い何事かを考える素振りを見せた。

「とりあえず移動しない? 警察やマスコミがいるところではあまり話したくないでしょ?」

 俺は女に従うことにした。俺たちは犯行現場を離れ、人気のない公園へと場所を移した。

 自動販売機で温かい飲み物を買うと、俺たちはベンチに並んで腰を下ろした。

「自己紹介が遅れたわね。私はこういう者よ」

 そう言うと、女は名刺を差し出してきた。

 そこには『聖沢ひじりさわ探偵事務所』と書いてあった。聞いたことのないところだ。

 名前は聖沢晴夏ひじりさわはるか

「俺は石橋敬助。会社員だ」

 当然名刺は持ってきていない。そして迂闊にも俺は簡単にではあるが、素性を名乗ってしまった。

「ところでこの会話は録音してるのか?」

 録音しているとしたら、もはや逃れることは出来ない。その時はこの女を殺すか? いや、罪のない人を殺すことは出来ない。どのみち俺は終わりだ。

「録音はしてないわ。信じて」

 そう言った彼女の瞳には熱意や誠意といったものを感じた。彼女の言葉は信じていいのかもしれない。

「単刀直入に聞くわ。あなたは遠藤和樹を殺したの?」

 先程と同じ眼差しで問いただして来た。なぜか彼女の視線に抗うことが出来ない。そうさせてくれないのだ。俺は懺悔するように呟いた。

「……ああ。俺があいつを殺した」

「教えてくれる? 犯行動機とその方法を」

 聖沢の問いに対し、俺は洗いざらい全てを告白した。

 絵梨のこと。復讐に向けた準備や殺害方法などを事細かく。

 ひょっとすると、俺は誰かに言いたかったのかもしれない。墓場まで持っていくと決めた秘密。しかし、それを犯行翌日にしかも初対面の女の子に喋っているのがなんとも不思議だった。

 そして話題は角材へと移った。

「凶器に指紋は付いてない。でもその行方が知れないのはやっぱり不安よね」

「ああ、そうなんだ。全く不思議だよ。

 さっき君は角材の場所を知っていると言ったがあれはハッタリなんだろ?」

 恐らく俺から自白の言葉を引き出すためだったのだろう。情けないほどあっさり俺は乗せられてしまったのだ。しかし、彼女の答えは意外なものだった。

「確かにあの時はハッタリが半分だったわ。でも凶器が鉄パイプなどではなく、角材だと分かった以上自分の推理に確信を持てたわ」

「推理? なんの推理だ」

「決まってるじゃない。角材の行方よ」

 まさか! 俺は叫び出しそうになったがなんとか抑えた。

「おいおい、冗談はよせ。どうやって角材の行方を知ったって言うんだ?」

 聖沢の表情はいつの間にか、俺を犯人だと指摘した時の得意そうな顔になっていた。

「ネットニュースの記事、それにちょっとした調査で分かったのよ」

「へえ、じゃあ教えてくれ。角材はどこに行ったんだ?」

 俺はやや挑戦的に尋ねた。

「そうね。じゃあまず、あなたが角材を無くしたことに気付いたのは遠藤を殺害してからよね?」

 俺は頷く。やつの死に顔をしばらく眺め、正気を取り戻しかけた時気付いたのだ。

「ああ。頭に叩き込んだ衝撃で飛んで行ったのか、それとも単に落としただけなのかもしれない。どちらにせよあの長さなら気付くはずだ」

「あら、結構いい線行ってるじゃない」

「そりゃどうも。で、君の推理はどうなの? まさか角材が煙のように消えたと言うんじゃないだろうな」

 いつの間にか自分も冗談を飛ばしていることに気付く。どうやら彼女に心を開いているようだ。

「あなたと同じよ。角材は反動で飛んで行ったし、あなたは角材を落としたのよ」

「は?」

 何を言ってるのか訳が分からなかった。いや、言っていることは俺の推測と全く同じだから、分からないということはない。しかし——分からない。

「いい? あなたは一撃で遠藤を昏倒させるほどの衝撃を与えたのよ。それで角材はどうなったと思う?」

「どうなったって……やっぱり飛んで行ったとしか」

「そう半分正解。角材は半分に折れてあなたの背後に飛んで行ったのよ」

 聖沢は嬉しそうにそう言った。

「おい、ちょっと待ってくれ。俺はさっき言ったじゃないか。角材が反動で飛んで行ったと思ったから探した。だが見つからなかったんだ」

「それはね、敬助。あなたが角材が丸々一本飛んで行ったと思っていたからよ」

 そうだ。確かに俺の想像では角材は丸ごと飛んで行った。しかしそうではなかったのなら。

「じゃあ、半分なら」

「そう。半分ならあなたの想定以上に角材は飛んで行くはずよ。林を抜けて歩道の方にね」

「確かに。角材が半分になれば重さも半分。飛距離は二倍になるってことだな!」

「そう単純ではないと思うけど。まあでもあなたが探したのはせいぜい林の中、しかも自分と被害者の周辺でしょ?」

 その通りだ。だから角材は見つからなかったのだ。しかし、なら歩道に飛んで行った方の半分はすぐに警察に見つかったはずだ。恐らくそちらには血が付いているから凶器であることは一目瞭然だ。

 俺はその疑問をぶつけると聖沢は勝ち誇ったように笑った。

「それがね敬助。驚くなかれ、血の付いた角材は持ち去られたのよ」

「嘘だろ! 誰だ? 誰が持ち去ったって言うんだ?」

 もはや興奮を抑えられなくなっていた。

「死体が発見されたのは八時頃。持ち去られたのはそれ以前。その時間帯、あの歩道を歩いてたのは誰でしょう? 分からない?」

「ああ、全く予想もつかないよ」

 誰だ? 誰が持ち去った。そしてなんのために黙っているんだ?

「それはね、集団登校中の小学生よ。寝ぼけ眼の小学生が血の付いた角材——きっと血には気づかなかったのよ——それを拾ったの」

「そうか! あそこは小学生の通学路だったな。でも待てよ。そんなもの学校に持っていけば教師に没収でもされるだろ? すると血に気づかないはずがない」

「ええ、普段ならね。でも今日は違った。これを見て」

 そう言うと聖沢はスマートフォンを見せてきた。

 見ると写真のようだ。写っているのは小学校の校庭。焚き火が焚かれているようだ。

「これは今日撮った写真よ。今日はね、この学校で焼き芋パーティーがあるみたいなの。生徒が登校中一本ずつ枝とかを拾ってそれを薪がわりにするみたいね」

「そしたら、まさかその小学生の一人が俺が吹っ飛ばした血の付いた角材を拾ったと。で血に誰も気付かず焼き芋の薪に使われたってことか」

 聖沢は俺を指差し「正解」と言った。

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