最終話

 教室に入った僕を出迎えたのは――


ピュン、という乾いた音。

刹那――僕の頬を何かが掠めて行った。


「いやあ、驚いたでしょ?」


「……!」


手に持った物を見て、僕はようやく気付く。


こいつ――


「あんまり騒ぎになると困るからね。サプレッサー付きだ」


そう言いながら再び拳銃を構える。


その照準――。

今度は、僕の胸の辺りに定められて。


「…君たちを商売道具としてするための計画。それが君たちの生きる意味さ」


「え……」


――育成?

――提供?


――商売道具?


「遠林くんも小海くんもみんな、記憶を失ってくれたから…こっちとしても円滑に作業を進められた」


「…ど、どういう、ことですか?ちゃんと記憶を失ってくれた…って……」


「ああ、ははは…そこ、知りたいよね?」


実に愉快といった様子で彼は笑った。

その口から出た言葉は――



「君たちの記憶、んだよ」



瞬間。

僕の思考が止まる。


そんなこと、出来るのか――?



「どうやって消したのか知りたいかい?」


淡々とした口調で、続ける。

僕は静かに頷いた。


「君も保健室で見たはずだよ。大きな機械」


「……機械」


機械――。


記憶の中から、景色を手繰り寄せる。


「……」


――見慣れない機械。

MRI装置のようなものが、そういえば確か…。


「あれは…僕らの技術と叡智の結晶だ。

対象の脳内にある海馬の一部を特殊なレーザーで焼き――対象に、意図的に逆行性健忘のような症状を引き起こさせる」


……。


「いったい――何が目的なんですか…?」


構えられた拳銃。

その銃口を見据えながら、尋ねる。


「君たちの臓器や体のパーツを、然るべき場所に売るんだよ」


「っ……」


想像をして――

その悍ましさに、吐き気がする。


臓器を、体を、売り捌くだって?


「僕たちが経営する児童養護施設の中から、ちょうど高校生になる子供たちを無作為に――400人ほど、ね。そしてここで君たちを殺して出荷だ。欲しがってる人がたくさんいるから、すごく儲かる」


こいつ…人間じゃない…。


「君たち400人をここまで運んでくるの、結構苦労したんだよ?麻酔で眠らせて、それから――って覚えてないか。記憶消しちゃったから」


「黙れ……」


「…ははは。そんなこと、言っちゃっていいの?」


男が、拳銃の引き金に指を宛てがう。


「僕は君に生きる意味を示してあげた。そのこと、感謝してくれたって良いんだよ?」


言ってることが滅茶苦茶だ……!


「もっとも――





 君はもう、死ぬけどね」





――心臓の音が聞こえる。





ゆっくりと、男は、引き金を引き――





「やめて――!!」





「……え?」





――僕の目の前を、誰かが遮った。





直後。



乾いた銃声が響き。





僕の視界は、灰色と、




――紅色に染まって。




「涼…介――」




目の前の彼女が、振り向く。




「――ごめん、ね」




そして言葉と共に、崩れた。




「あ、あ、ああ――」




慌てて彼女を抱きかかえ。




何を思ったか――

血塗れになった彼女の胸元に、そっと耳を当ててみる。




でも。





心臓の音は、聞こえなかった。





「あああああああああああ――――っ!!!」




なんで、なんで、なんで――




――――。




「あ、あ、あ、ああああ……あがっ…」



「はははは…傑作だ、これは!」



「んぐっ――この、野郎おおォッ!!!!」



「はは、次は君だよ?っははは…」



「なに笑ってんだよッ!!お前殺す絶対に殺す…ぶっ殺す…!!!」



殺す殺す殺す殺す――!!!



こいつは俺が、俺が、





――そこまで考えて。



思い出す。



僕の、生きる意味は何だった?





……。



冷静になる。



…こんなとこで犬死にしても、

なんにも変わらない。



「っ……」



僕は彼女を背負い――

教室から全力で飛び出した。



後ろの男の方は、見なかった。



彼女の胸元から、生暖かい感触が伝わる。



血と涙が混じり、鼻水が垂れ。



悔しくて、情けなくて、悲しくて。



それでも止まるわけにはいかなかった。



気が付けば――



学校を飛び出し。



いくつもの道を抜け。



…市街地に出ていた。



「早く――誰かに、知らせなきゃ――」



彼女を必死に支えながら。



近くの交番へ駆け込む。







…そこからの記憶は、無い。







ただ。

最後に交番で言ったことは覚えている。







「僕が――








  ――この子を、殺しました」

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