第6話――そして綻ぶ真実

 ――――日差しが、窓から差し込む。

意識はまだはっきりとしない。


土曜日の朝。

今日は、学校に行く必要が無い。


「――」


ふと、耳元で――息遣いが聞こえた。

どうやらまだ寝ているらしい。


(僕は……)


昨日、ここに来て…


……。


「……ん?」


ふと、足元に何かが触れて。

起き上がり、それを摘まみ上げる。


(ああ…)


…すっかり忘れていた。

屋上で拾ったあのキャラグッズだ。


おそらく、ズボンに仕舞っていたのが落ちたんだろう。


「……」


零花を見やる。


思えば――奇妙な出会いだった。




あの日、廊下で出会って。


次の日、君は僕の部屋まで来て。


必死だった。

能力のことについて口封じをするために。


そして、何故そんなに必死だったのかも、今なら何となく分かる。


人から避けられることを恐れたから。

独りになることを恐れたから。


――普通の女の子として、生きたかったから。



―――――――――――――――――――――



「あ……おはよう」


風呂から出ると、彼女の声が僕を出迎えた。


「お、おはよう」


「……」


目線が重なる。


「えっと…とりあえず、風呂…入ったら?」


「……うん」


彼女はゆっくりと立ち上がると、そのまま僕の横を通り抜けて行った。


……。


女子の部屋に、男子が独り。

不健全な構図。


居心地が悪いけど――かと言って今部屋を出たら、寮の中は大騒ぎになる。

…ここは大人しくしていよう。


イスに腰を下ろして、そのままテレビの電源を点ける。


「……」


雑音がテレビから垂れ流される。


…特に目ぼしい番組はやっていない。

それでも僕はぼーっとテレビを見続けていた。


『食欲の秋!ということで本日はこちら――

今、Z世代に大人気のスイーツ店にお邪魔しています~』


リポーターが、高らかな声で言う。


…食欲の秋。

そういえば、今は何月だっけ。


そんなことも分からないのか、と自分で思いつつ――部屋のカレンダーを見る。


「あ…」


けれどカレンダーは使われた形跡が無く。

1月のまま、放置されていた。


(……1月)


考えていたことがある。

…今年の1月頃は、何をしていたのか。


……。


…そんなに古くない記憶のはず。

でも…


(…うまく思い出せない)


僕の頭は、全くと言っていいほど何も覚えていなかった。


(…それじゃあ、去年の12月は?)


去年の12月――それは、覚えている。


施設内で、クリスマスパーティーをして……

小さい子供から僕ぐらいの年齢の子までが、

一堂に会していた。


お世辞にもクリスマスケーキは美味しいとは言えなくて――


(…???)


おかしい。

12月のことはこんなに鮮明に覚えてるのに――

1月頃から…記憶が抜け落ちている。


…なんで?


「あ…」


その時、零花の声が後ろから聞こえて。


「そのカレンダーね、まだめくってないんだ」


「あ、うん…」


「…どうしたの?」


不思議そうに表情を窺ってくる彼女。

風呂上がりの髪からは、ほんのりと湯気が漂っている。


「いや、何でもないよ…」


…僕は頭でも打ったんだろうか。


「…今年の1月って、何してた?」


「え…?」


「いやその、なんか、僕さ…変なんだ」


「変?」


「…1月くらいからここに来るまでの記憶が、抜け落ちてるっていうか」


「……」


すると、彼女は考え込み。

やがて――


「ここに来た時のこと――覚えてる?」


彼女の顔つきが、真剣になる。


「いや、あんまり覚えてないけど…」


「じゃあ…ここに覚えてる?」


どうやって…。


「ああ…そういえば、何だっけ…バスで来たとか言ってた気がする」


「言ってた、って…?」


「いや…目が覚めたら自分の部屋のベッドで」


そういえばそうだった。

僕はあの日――


「誰か忘れたけど、隣に男の人がいて…」


それで――


「それで…『君はここに来る途中、バスの中で気を失った』って言われて」


「…」


「……零花?」


何故か彼女の表情が、みるみる青ざめていく。


「……同じ…」


同じって、何が?


「私も同じこと、言われたよ――?」


「…え?」


……。


「…どういうこと?」


「……4日前、ここに来た時――正確には、

ここで目を覚ました時…」


彼女の視線の先。

そこには、この部屋のベッド。


「ちょっと待って…零花も気を失ってたの?」


「ええ…そう伝えられた。鈴重先生にね」


あ…。


「…僕も、鈴重先生に言われた気がする」


優しい声色。

背丈の高い男性。


言われてみれば先生だったような。


「涼介…さっきの話になるんだけど」


「…うん」


「そこで先生から、『ここ最近のことは思い出せるか?』って聞かれたの」


「……え?」


何で先生が、そんなことを聞くんだ?


「急な環境の変化が原因――とかなんとかで、気を失ったり…最近の記憶を失くしている生徒が他にもたくさんいた、みたいな説明を受けて。それで私も聞かれたの。ここ最近のことは覚えてるか、って」


「……」


「実際、私は――ここに来る三か月前からの記憶を失ってる」


「え――?」


零花も……?


「いや、そんな大事なこと…どうして言ってくれなかったんだ」


「それは…先生から説明を受けて、ああ、そういうものなのか、って納得しちゃったから…」


「……」


「それに多分、涼介も同じこと…言われてるはず」


「え…」


「記憶を失くしてること。今まで疑問を抱かなかったんでしょ?」


「……」


「それって…自分の中で、納得してたからじゃない?」


…もし、初日に見た男の人が鈴重先生だったとしたら。


同じ説明を、受けたのかもしれない。


でも…。


「…僕も零花も、どういう訳か同じの記憶を失ってる」


これは明らかに、不自然だ。


……。


「なんか…おかしいよね?この学校」


彼女の声は、どこか頼りなくて。


「……」


――ふと、あることを思い出す。


「……パソコン借りてもいい?」


「ん…?うん、いいけど…」


彼女にパスワードを打ってもらうと、画面はデスクトップを映し出した。

そのまま、とあるサイトにアクセスする。


「Twisterなんか開いてどうしたの?」


「い、いや。ちょっと気になって」


Twister。

随分とご無沙汰だった。


自分のアカウント名を入れて検索する。

けど、


「………」


――ヒットしない。


今度はログイン画面まで戻る。

メアドとパスワードは特徴的なものにしてるから、覚えていた。


入力を終え、『ログイン』と書かれた部分をクリックし――。


「――――」


けれど。


『このアカウントは存在しません』

そんな無機質なメッセージが、表示された。


――やっぱりだ。

ネットでこの学校の悪評を見掛けなかった理由。


それは、


「…涼介、大丈夫?」


「………あ、うん」


気付けば僕の額から、汗がにじみ出ていて。


「…零花の言った通りだ」


「え…?」


「この学校は……何かおかしい……」


『はっきり言って三ヶ峰高校は最悪。俺たち孤児を商売道具だと思ってる』

…僕が投稿したツイートも、例外無くの目に留まったのだろう。


それとも、この文章のどこかに不都合な内容が含まれていたんだろうか?


「……」


――この学校は、何なんだ?


今まで疑問にすら思わなかったことが、次々と疑わしく思えてくる。



例えば、異常なほどに恵まれた環境。


例えば、僕らの記憶が一部欠けていること。

それも決まって3ヶ月という期間。


例えば、

ここに孤児だけが集められている理由。



僕の視界に映る世界が違和感を持ち始める。


――このまま進めば、知らない方が良いことも知ってしまうんじゃないか?


そんなことを考えていた――

その時だった。


「……!!」


――突如、部屋の中に。

ドンドン、という重いノック音が鳴り響いて。


「誰…?」


ドアの方へ向かう彼女の手を、必死で引く。


(ダメだ――!)


僕は目だけで、彼女に訴えた。


「……」


息を殺して、二人で様子を窺う。

けれどノック音は鳴り止む気配が無い。


……。


すると、やがて――


「おーい、遠林くん?」


「……!」


扉の向こうから、聞き馴染んだ声が届いて。


「ははは…いや、最近の高校生は、風紀がなってないねぇ」


(なん、で…?)


その優しい口調。


どう聞いてもそれは――。


「ここにいるんでしょ?遠林くん」


優しい口調で続ける。


けれどその声は、いつもとどこか違っていて。




――殺意に満ちていた。


「さっき君の部屋に行ったけどいなかったからさ、じゃあ、ここしかないよねって」


「……」


「まぁいいや。…先生、教室で待ってるから」


そう言い残すと――

次第にその足音は遠ざかっていった。




「……今の、なに…?」


隣にいた零花が、怯えた表情でこちらを見る。


「…分からない」


けれど――。


ここで退いたら、何か大切な事実を――

見失ってしまう気がした。


「……零花?」


「…うん?」


ズボンの中から、一つのものを取り出す。


「あ…これ――」


彼女の表情が少しだけ和らいで。


「…ごめん。大切にするって、言ってたのに」


「いや……」


へんてこりんで、いまいち良さの分からない、キャラグッズ。


きっとこれは御守りだったんだ。

この時のための。


僕は、そう思うことにした。


「……あのさ」


決意を固めなきゃいけない。


「…それ、大切に持っててくれる?」


「え…」


「ちょっとの間だけでいいんだ。僕がここに

戻るまでで」


彼女は、呆気に取られた表情で。


でも僕は、その顔が嬉しかった。


「すぐ戻って来るから。絶対、この部屋から

出ないようにして」


「……」


僕が念を押すと――彼女はただ、頷いた。

頷くしかない様子だった。


「それじゃあ……」


彼女の手をそっと取り、やがて離し――


「また後で…」


僕は部屋を出た。






――ごめん。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る