第4話――生きることの意味
彼女は、次の日……教室に現れなかった。
「…」
何も考えられない。
「……」
何も感じたくない。
「………」
今の僕には、生きてる意味なんかまるで無い。
「…………」
僕は、何のために生きているんだろう。
「…くん。遠林くん!」
「…え?」
気付けば、クラス中の視線が集まっていて。
「ちょっと、聞いてたのかい?」
鈴重先生は少々呆れた表情で言った。
「ここの教科書110ページ8行目から読んで」
「は……はい」
僕はページを捲ると、そのまま立ち上がり――
「え――」
ふらっ、と…身体がよろめく。
急に平衡感覚が失われて。
僕の視界は、歪んだように揺らめいていた。
立っていられず――尻餅をつく。
「…生、遠…くんが…」
誰かの声が聞こえる。
でもその内容は聞き取れない。
意識が…だんだんと――。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――
――僕の意識は、虚空を彷徨う。
どこまでも続く深い闇。
その中に――
一つの景色が見えて。
それは、昔の僕だった。
『おいっ!!』
『っ……!』
一人の男の子が、大柄な男に殴りつけられている。そのまま胸ぐらを掴まれ――
『涼介…どうして静かに出来ないんだ?』
男――僕の父親は、打って変わって優しい口調で言った。
『なあ聞いてるんだよ…普通だったら静かにしていられるだろ…』
その口調と相反するように、腕に込められる力は強さを増していく。
男の子――幼い頃の僕は…ただ泣き喚くばかりで。そうして泣くたび、怒鳴られ、殴られた。
普通。
アイツは、口癖のようにそう言って。
普通、普通、普通…。
嫌いだった。
だから僕は――特別でいようとした。
自分を保つために。
『僕は…特別なんだ』
学校でも、家でも、そうやって嘘の自分を作り上げて。
(……やめろ)
どうして今更、こんなことを思い出させるんだ?
(やめろよ…)
嫌だ。
何も考えられない。
何も、感じたくない。
…。
そんな僕が、出会ったのは…
『…ふふっ』
一人の少女。
『…私の目、変でしたよね』
『私、方向音痴で。さっきもあなたの部屋を探して駆け回って…』
『…あなたの心を、読んだんです』
『――優しいんですね』 『――嘘つき』
『あなたは…嫌われてなんかいない』
『特別、特別って。何が?何がそんなにいいの?』
『――もう、あなたと話したくなんかない』
(ああ…そうか…)
――僕は気付けなかった。
彼女の気持ちに。
(…どうしてこんな大事なことに、気付けなかったんだ)
僕は独りぼっちなんかじゃなくて。
嫌われ者でもなくて。
…特別でもなくて。
普通の男の子なんだ。
結局僕は、特別になりたかっただけ。
彼女の言う通りだった。
……。
"僕は何のために生きているのか"。
その答えは、まだ定かじゃないけれど。
でも、少なくとも今は――
―――――
―――――――――――――
―――――――――――――――――――――
「……」
「……林くん?」
「ん……?」
…眩しい。意識がおぼつかない。
ここはどこだ…?
「ああ、遠林くん。…目を覚ましたんだね」
「あ…先生」
ベッドの横。
丸椅子に座る鈴重先生の姿があった。
ここは…保健室か?
辺りを見回すと、道具入れのケースやベッド、
更には――見慣れない機械のようなものも目に入った。
「いやあ…授業中に倒れた時はどうしたものかと…」
「……」
「…保健室の先生によれば、寝不足が原因じゃないかって。当たりかい?」
額をポリポリと搔きながら、先生が笑う。
「はい…」
僕は正直に答えた。
「眠れませんでした、昨日は」
「眠れなかった…というと?」
「……考え事してたんです」
「考え事?…あ、いや。言いたくなければいいんだけどね、やっぱり先生として生徒の悩みは――」
「…僕が生きている意味、です」
「は…え?い、生きている意味?」
先生は呆気に取られた表情で僕を見る。
「僕はどうして生きてるのか…考えてました」
「……あ、ああ」
…言ってから僕は後悔した。あまりにも突拍子のない言葉だったからだ。
「あ、いや…何でもないです…忘れて――」
「いや…」
けれど先生は、神妙な顔つきになって。
「まあでも…年頃の高校生なら、誰しもが自分について考えるものだと思うけどね」
「え…あ、はい」
「ははは。何だ…そんなことか」
何故か笑われてしまった。
「いやほら、遠林くん、いつも難しい表情してたから…聞いてみればそんな普通の悩み事か。ああ、そうかそうか…」
「……」
なんか勝手に納得されちゃった気がするけど…
でも、"普通"の悩み事って言ってもらえて…嬉しかった。
「…あ、ありがとうございます」
「うん?ああ全然そんな…」
先生は照れ臭そうにした。
「……生きる意味ねえ。先生もみんなが生きる意味を見つけられるように、手伝うよ」
「ん…?はい…」
手伝うって、何を?……まあいいか。
とにかく今は、ここを出るのが先決だ。
「と、遠林くん…?」
「もう大丈夫です…ぐっすり寝たので」
時計を見ると、もう既に午後の6時を回っていて。僕はベッドから立ち上がり――
「それじゃあ、失礼しました」
「あ、ちょっと!ここで待ってなさい――」
――全速力で廊下を駆け出す。
(……)
…本当は、吐きそうなほど体調が悪かった。
足は痺れ、身体は疲弊して。頭も痛む。
それでも…謝らなくちゃいけない。
僕は、彼女に…謝らなくちゃ……
―――――――――――――――――――――
「小海…さん――」
彼女の部屋の前まで辿り着いた時には、もう僕の身体はおかしくなっていた。
全身を悪寒が走り、喉奥からはヒューヒューと甲高い音がする。
「小海、さん。話が…あるんだ――」
頼むからドアを開けてくれ――
僕は息を切らしながら、立ち尽くしていた。
でも――
いくら待ってみても、彼女が出て来ない。
「……」
僕は…やっぱり見限られてしまったのか?
……。
「いや…」
…そうだとしても、何か様子が変だ。
部屋の中から物音ひとつしない。
…寝ているのか?
僕は、恐る恐るドアノブに手を掛け――
「――!」
力を入れた右手は…そのままノブを回した。
鍵が――開いている。
「っ…!」
部屋の中を覗くと、そこには――
誰もいなかった。
「な、なんで…」
…なんで?どこに行ったんだ?
「小海さん!いるなら、返事を…」
一体、どこに――
「――」
「え――」
突然の出来事だった。
僕の身体は、華奢な腕に抱きしめられて。
何が起こったか分からず。
後ろを振り向くと――
僕の背中に顔を
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