第3話――思いやりと孤独

 次の日。


「おはよう」


教室に入った途端、小海さんが顔を出した。

微笑む彼女。


「え、あ…おはよう」


…教室中の視線が集まっているのが分かる。


(…まずい)


「どうしたの?」


…たぶん、クラス中の奴らが。

『なんであの子がアイツと話してるんだ?』って思ってるに違いない。

…『なんで嫌われ者のアイツなんかと』って。


そうなったら、彼女まで…


彼女をかばおうと咄嗟に出た言葉は――


「ぼ、僕は特別なんだ…あまり近付くな」


「え……?」


彼女の表情が一瞬…凍り付いて。


(あ、あのさ。あんまりここでは…話しかけないで…)


心の中で彼女に言うと、そのまま自分の席に着いた。


朝のHRが始まる。

…その時も僕は、彼女を見ないようにした。



――――――――――――――――――――



「どうして、あんなこと――?」


「だって…その…僕と知り合いだってことがバレたらさ…」


 放課後、校舎の屋上で僕たちは話していた。


「バレたらまずいの?」


彼女の声は、怒りと悲しみを帯びていて。

…隠し通すのは無理だと思った。


「…僕みたいな嫌われ者と関わってたら、君まで嫌われるかも…って思って」


そう。僕は嫌われ者なんだ。

前から分かりきっていたこと。


けれど、彼女は――


「……カッコつけないでよ」


「え…」


「…そうやって、勝手に自分で満足しないで」


「……」


「あなたは…嫌われてなんかいない」


彼女の目は――冷たかった。


「…そうやって自分を卑下して、あなたが一番辛い目に遭うんだよ?」


「……」


「…そんなことしたら、自分が孤独になるだけ」


秋風が彼女の頬を撫でる。

その眼差しは、儚げで――


「……私も、ずっとそうだった」


「え…?」


「…特別なんだよ」


「と、特別…?」


「そう。…ずっと特別」


特別。

その言葉を言うたび…彼女の表情が歪むのが分かった。


「私、『人の心が読める』って言ったよね」


「うん…」


「…小さい頃、お母さんとお父さんによく褒められたの。『零花は気遣いのできる優しい子だ、特別な子だ』って」


「……」


遠くを見据える彼女。


「空気が読める子だったの、私」


そう言いながら、自分の目を指差す。


「…これのおかげでね」


心を読むことができる――

それはすなわち、相手の思考が手に取るように分かるということ。


「特に…親なんか毎日一緒にいたから、半分くらいのことは何もしなくても分かったのよ」


彼女の表情は、見えない。


「…私はもっと褒められたかった。優しい子だね、特別だ、って」


「……」


「今以上に気遣いのできる子。空気の読める子になれば――もっと良い子になれるって、思ってた」


「……」


「もっと褒めてもらえるって本気で思ってた」


「……」


って…また言ってほしかった」


それは、まだ小さかった女の子の…ささやかな望みだったに違いない。


「けど――そんなわけなかったんだよ」


「え…?」


「空気を読まなくていい場面でも、私は読んでしまったの」


吐き捨てられた言葉。

それはまるで、彼女自身への叱責のように感じられて。


「学校、遊ぶとき、そして家でも――

私はあので、全部見ようとした」


…怜悧で冷ややかな眼差し。

全てを見透かすような。

息もつかせぬ、鋭利な視線。


「…そうしてお母さんに言われた言葉、何だと思う?」


シンと。

不自然なほどに辺りが静まり返って。


まるで…世界が、彼女の次の言葉を待っているような。そんな錯覚に襲われる。


僕は彼女の言葉を聞きたいようで、

けれど聞きたくないような気もした。


何となく、悲惨な結末であることが予想できたから。


でも。

時の流れは、否応なしに彼女の次の言葉を引き出した――


「――『気持ち悪い』」


「……」


「お母さんだけじゃない。お父さん、昔いた

友達、近所の人…みんな私を気味悪がった」


――吐き気がした。


「会うたび、言われた。『来るな』『キモい』…『死ね』って」


心を読むことができる――

それはすなわち、相手の思考が手に取るようにということ。


僕は何も言えなかった。

いや、言っていいはずがない。


だって僕も――

その彼女の目を、恐ろしいと感じてしまったのだから。


つい昨日まで…彼女のことを避けていたのだから。


「結局私は空気をで、でもそれは…結果的に空気を


「……」


「思いやりのつもりだったから、余計に私は

辛くなって――」


彼女が、言葉に詰まる。


「それから私は…文字通りになってしまった」


その言葉に僕はハッとする。


「だから私は…になることを願った…」


重く放たれる、一つ一つの言葉。

その真意に僕は気付いてしまった。


「もしかして、朝の――」


「『僕は特別なんだ』…そう言ったよね。あれ――どういうこと?」


「ち、違うんだ。その…」


…あれは、口癖というか――


「そう――口癖、なんだ…」


「……!」


しまった――


「…違うんだ。口癖というか――」


「違わないでしょ?」


彼女が、一歩詰め寄ってくる。


「特別、特別って。何が?何がそんなにいいの?」


「いや…その……っ」


「ねえ。何が、そんなにいいのっ!」


…何も言い返せない。


「ねえ――"特別”って、そんな気持ちの良いもの

じゃないよ」


「っ……」


「…あなたには分からないでしょ?みんなと"違う"ことがどんなに辛いのか」


「…………」


「――だから平気でそんなことが言えるんだ」


「……小海、さん?」


僕の横を…彼女が通り過ぎて行こうとして。


「ちょっと待って…!」


必死に引き留めようと、伸ばした左手は――


「やめてっ!」


「っ――」


彼女の、同じく左手で払われて。


「待って!話を聞いて…」


「――もう、あなたと話したくなんかない」


そう言い残し――彼女は、走り去って行った。


「……」


屋上の扉が閉まる音が、虚しく響く。


「――」


何も考えられない。何も感じたくない。

――虚しい。


トボトボと、僕は歩みを進めて――


「……?」


ふと、何かが落ちているのに気付く。


「あ……」


それは――

僕が売店で当てた、あのキャラグッズだった。































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