第2話――見透かされる心
放課後。
そそくさと教室を出て、部屋まで戻ってきた。
「はぁ……」
――どうしてあの子が僕のクラスに?
転校生って…どういうことだよ。
「じゃあ、昨日見たのは?」
…僕が昨日見た小海零花は、誰なんだ。
「い、一旦落ち着け……」
状況整理の為に何かメモを取るべきだ。
パソコンを立ち上げ、メモ帳の機能を開く。
今、気になっている点は二つほど。
・小海零花と出会った時の、不可解なやり取り
・彼女が”今日”、転校してきた理由
「……」
昨日僕が会ったのは小海零花ではなかった、
という可能性は?
「いや…」
特徴的な瞳の色。やけに大人びた口調。
どちらも同じ少女だろう。
「……分からない」
一番手っ取り早いのは本人に直接聞くことだ。でも僕にそんなコミュ力は、ない。
…ともかく明日まで待つしかないだろう。
明日行けば何か分かるかも知れないし。
そう思って、僕はベッドに転がり――
――突如。
玄関の呼び鈴が、鳴った。
「え…?」
驚いて起き上がる。
僕の部屋を訪ねて来た人間なんて、今までいただろうか?
そう思っていると――。
「すみません、小海…ですけど」
ドアの向こう側から、透き通った声が聞こえてきて。急速に身体が強張っていく。
「あ、え…」
小海――。
当然僕はその名前を知っていた。
「えっと……何か、用…ですか?」
恐る恐る声を振り絞って聞く。
しかし返ってきた返事は…意外なものだった。
「…ごめんなさい。あなたに、謝りたいことがあって」
「謝りたい…こと?」
「はい。その…今って、時間ありますか?」
何だかやけに積極的な気がするが…。
でも、僕にも色々と聞きたいことがあった。
…このチャンスを逃す訳にはいかないだろう。
時計の針は午後8時を示していた。
「…う、うん。時間ならいくらでも……」
僕がドアを開けると、そこには――
「あ――こ、こんばんは」
――ルームウェア姿の少女が立っていた。
何故か息を切らしていて、汗だくだ。
……。
「……!」
…ぼ、僕は何を考えているんだ。
「…あ、あのあ、謝りたいこと、って?」
「はい。えっと…ここだと話しにくいので、ちょっと付いてきてもらっても…」
「う、うん。分かったよ」
―――――――――――――――――――――
彼女に連れられ、来たのは――
「あ、あの。ここじゃ人目に付くと思うんだけど…」
売店のすぐ前だった。
「大丈夫です。少なくとも部屋の前で話すよりかは…ね?」
("ね?"って、何だよ…)
「こ、ここなら偶然の遭遇を装えるじゃないですか」
彼女は何故かムッとして言った。
「た、確かに…そうだね…」
……。
…………。
ダメだ。
女の子との会話が絶望的に続かない。
…そもそも男の子との会話も怪しいけど。
こんなんじゃ、童貞野郎だってバレる。
「…ふふっ」
…え?
今、笑った?
「な…何かおかしかった?」
「あ、いえ…何でもないです」
「…??」
「えっと、そうだ。何から話せばいいかな…」
…明らかに何かはぐらかされたが、気にしないことにする。やがて――
「その…私の目、見ました?昨日」
少々躊躇いながら、彼女は言った。
「え、え――?」
…突然の言葉に戸惑う。
「…私の目、変でしたよね」
そう呟く彼女の瞳は、今はただ綺麗な琥珀色を映すだけだ。
「…ど、どういうこと?目が変って…」
「それは…その…」
彼女はもじもじとして、言葉が続かない。
よほど言い難いことなんだろうか?
「ご、ごめん。言いたくないならいいよ、そ、その…」
「いや…ちゃんと伝えなきゃ、いけないんです」
「……」
僕は、彼女の次の言葉を待った。
そして――
「あの…これから言うこと、信じてくれますか…?」
静かな声で、そう言った。
―――――――――――――――――――――
「ここには昨日来たばかりなんです、私…」
「昨日…」
「あ、その…入学手続きに時間が掛かったみたいで。学生として生活するのは今日が初めて、ということです」
「じゃあ昨日は待機期間だった…ってこと?」
「はい。そうなりますね」
彼女は頷く。
「学園長さんから、”今のうちに校内を見回ると良い”って言われて。それで昨日はずっと、学校とか寮をうろついてました」
ああ…なるほど。
だからクラスで転校生の噂が立っていたのか。
「それで、昨晩も…」
僕は階段の近くで、この子を見掛けて――
「はい…あの時は丁度、ここに来た帰りで」
売店を指差しながら彼女は言う。
店内のショーケースには、高校生の喜びそうな炭酸飲料、ジャンクフード、その他様々なものが散見された。
「私、方向音痴で。さっきもあなたの部屋を探して駆け回って…」
「ああ…そういうことか。通りでさっきはあんな――」
「あんな…何?」
「あ、いや!えっとその、あ、息を切らしていたので…」
…何かが口を突いて出るところだった。
「……。まあともかく、昨日もあの辺で迷っていたんです」
「あの辺…階段の近く?」
「はい…」
確かにこの寮内――特に生徒の部屋が並ぶ2階から5階までは、リミナルスペースのようになっている。混乱するのも無理はない。
「で、オロオロしている君を、僕が見つけて…」
「ええ。それで私、突然話しかけられたものだったから…」
彼女が僕の目を見据える。
「…あなたの心を、読んだんです」
―――――――――――――――――――――
「読んでしまったんです…」
「……」
――僕の心を読んだ。
”これから言うこと、信じてくれますか…?”
その言葉の意味を、いま改めて理解した。
「…やっぱり信じてもらえないですよね?」
「いや…そんなことない」
「え…」
もちろん困惑してないと言えば嘘になる。
突然、こんなことを言われて。
でも――僕には彼女が嘘をついているように見えない。彼女は至って真面目だ。
「――優しいんですね」
「や、優しい…?」
「だって…”嘘をついてるように見えない”――って」
「――!」
…その言葉が、全てを物語っていた。
「昨日はごめんなさい、その…あなたの素性が分からなかったから。危ない人かと思って」
あんな時間に急に話しかけられたらそう思うか…。
「いや、いいんだ。それで咄嗟に…僕の心を読んだの?」
「…はい」
彼女は頷いた。
「私の目――冷たかったですよね?」
「……あ、うん…」
「…人の心を読もうとするとき、いつもあんな風になるんです。刺すような眼差しに…」
怜悧で冷ややかな眼差し――。
全てを見透かすような。
息もつかせぬ、鋭利な視線。
……。
「あれ…?」
ちょっと待て。
「じゃあ何でさっき…僕の心が読めたの?」
「え?」
「いやほら…君が、嘘をついてるようには見えないって僕が思ったとき…。別にそんな目、してなかったじゃないか」
僕は問い質すように言った。
すると何故か、彼女は微笑み――。
「ああ…それですか?」
僕の顔をじっと見る。
「今日会って気付いたんです。…あなたが”分かりやすい人”だってこと」
「え…わ、分かりやすい?」
「ええ。私が心なんか読まなくても――考えてることがダダ漏れの人」
……。
「あ、あ、そ、そうなんだ、ははは…」
つまり。
彼女の言い草に文句を言ったことも、
僕が自分を童貞野郎だと自虐したことも、
部屋着の彼女を見て変な妄想をしたことも。
全部お見通しという訳ですか――。
「はい。そうですね」
ふーん…。
……。
「…あの、売店で、何か、買いましょうか?」
「からあげマン5個」
「はい。了解しました」
―――――――――――――――――――――
毎月学校から支給される小遣い、1000円。
その半分がからあげマンに溶かされることに。
僕は泣く泣く千円札を出し、お釣りを受け取った。すると――
「ただいま500円以上をお買い上げのお客様に、くじ引きを実施しています。1回、どうぞ」
店員さんに促されて、僕は商店街で見るようなガラポンを回した。
特賞…ゲーム機。
一等…松坂牛。
二等…サブスク半年分。
三等…オリジナルマグカップ。
四等…JKに大人気のキャラグッズ。
五等…ティッシュ。
カオス。
出てきたのは、水色の玉――四等。
何とも言えない気持ちでそれを受け取ると、店を出た。
からあげマンを食べる少女。
キャラグッズを手のひらで転がす僕。
なんと滑稽だろうか。
…僕は意味もなく、彼女の食事を観察する。
昨日の今日まで警戒していた少女。
その少女が今、こうして横にいる。
とても不思議な気分だった。
と――彼女の手が、止まって。
「…ごめんなさい」
「え?な、何が?」
不意に言われた言葉に、僕は戸惑う。
「その。調子に乗り過ぎですよね、私…」
「……」
「あなたの弱みを握って、こんなことして」
「い、いや……」
「あなたは私の心を読めないのに、私だけ…」
……。
「…そんなこと言ったら、冷めるだろ」
「…え?」
「だから別に…気にしなくていい。というか――」
「……」
「その…嬉しかった。君とこんな風に話せて」
そう、嬉しかったんだ。
「だから…か、からあげマン」
「…?」
「いや、からあげマンも、冷めるよって…」
「…あ、うん」
彼女は手元を見つめて――けれど、僕の方に向き直った。
「ふふっ…そうだね。うん…」
柔和に微笑む彼女。
…琥珀色の瞳。
そこに涙が浮かんでいるように見えたのは――気のせい、だろう。
―――――――――――――――――――――
結局彼女が食べ終わるまで僕は傍にいた。
その間も僕は、手の上のキャラグッズを見つめていて――
(…宝の持ち腐れ、だよな)
別れ際。
「…あのさ。このキャラクター、知ってる?」
「あ、うん。もちろん――これどうしたの?」
「さっきコンビニのくじで当てて…4等」
僕は彼女に手のひらを出すよう促すと、その上にちょこんとそれを置いた。
「……いいの?」
「う、うん。僕が持ってても仕方ないし…」
「――」
すると彼女は僕の顔を見つめ――
「――嘘つき」
そう言って、何故か…優しく笑った。
「え?う、嘘つきって?」
「何でもない…」
彼女が指でグッズをたたくと、コン、という
小気味良い音。
「…嬉しい。大事にするね、これ――」
グッズは、彼女の胸ポケットにしまわれた。
「それじゃあ、また明日…」
「うん。また明日」
僕は手を振ると、彼女とは反対方向に別れた。
……。
「えっ?」
”反対方向に別れた”…だって?
来た道を振り返る。
奥に見えるのは――困惑した様子の少女。
「ちょ、ちょっとそっちは校舎だって!!」
僕は急いで、来た道を戻った…。
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