第9話 襲撃
薬の販売を始めて一日目。
さすがに初日と言うこともあって売れ行きが気になるルルは、こっそりお店のお手伝いをしていた。
リッテから出された給仕用の服は、いつもの派手さから比べるとずいぶんと落ち着いたものではあったが、リッテが着ているシンプルな物よりもなぜかフリルが多くあしらわれており、その姿はまるでお人形さんのようだった。
「あの……、リッテ?」
「どうしたんですか、ルルさん」
「この服なんだけど?」
「給仕用の服ですね」
「リッテとその、違うようだけど?」
「給仕用の服ですね」
「リッテ、聞く気あるの?」
「給仕用の服ですね」
まるで機械のように同じ事しか話さなくなってしまうリッテ。
それなら、とルルは彼女で遊ぶことにした。
「リッテの服って可愛いよね。私も着たいな」
「すぐに準備してきます!」
「って、それには反応するんだ!?」
姿を消したリッテだが、すぐに戻ってくる。
その手には大量の服が抱えられていた。
「お待たせしました!! 全部着てみましょうね!」
「ぜ、全部は着ないよ。って言うかどれだけ種類があるの!?」
「ふふふっ、いつかルルさんに着てもらおうと準備してたんですよ。覚悟してくださいね」
「や、やめ……」
結局ルルは開店するまでの間、リッテの着せ替え人形となるのだった。
◇
「つ、疲れた……」
「そうですか? 私は元気でしたよ?」
確かにリッテの顔は艶々している。
それに比べてルルはフルマラソンを走り終えた後のような顔をしていた。
「うぅ……、余計なことを言わなかったらよかった……」
過去の自分を恨みながらカウンターに突っ伏す。
「それにしても、よく私がお店に出ることも許してくれたよね、ケイトさん」
ルルが用意した掃除用ポーションではあるのだが、ルル自身に接客の経験はない。
トラブルが起こる可能性も合ったのだが、ケイトは二つ返事で承諾していた。
「ルルさんの頼みは断れませんよ。それに――」
「それに?」
「ルルさんが出たら絶対に売れるってお父さん、息巻いて商品大量に仕入れようとしてましたよ」
「わ、私、お店で働くのは初めてですからね!?」
「大丈夫です! 私の勘はたまに当たりますから!」
そんなやりとりをしていると初めての客が入ってくる。
楽しげな会話をしていたのが一転。ルルは緊張のあまり表情が固まってしまう。
すると、それを見かねたリッテが客のところへ小走りで駆けよっていた。
「いらっしゃいませー」
笑顔で客の欲しいものを尋ねるリッテをルルはぼんやり眺めていた。
さすがは商会の娘で問題なく客の対応をしていく。
その手際が良すぎてまるでルルの出番がなかった。
ただ、昼前まで掃除用ポーションがまだ一本も売れていないことが気がかりだった。
――需要、なかったのかな?
不安に思うルル。
すると、パタパタと動き回るリッテではなくルルの方へゆっくりと老婆が近づいてくる。
「可愛いお嬢ちゃん、これはなんなのかしら?」
老婆は掃除用ポーションに興味を持ってくれたらしい。
初めて尋ねられたことに驚きつつも、なんとか買ってもらおうとてんやわんやしながら商品の説明をする。
「こ、これは掃除をする時に一緒に使うと汚れがとてもよく落ちる水なんです。そ、それはもう洗い流すだけで最初から新品みたいに……」
早口で捲し立てるルルの顔を微笑ましそうにみていた老婆。
ルルが説明を終えると笑みを浮かべながら言ってくる。
「これ、一本もらえるかしら?」
老婆のその言葉を聞いたルルは再び満面の笑みを浮かべていた。
「あ、ありがとうございます。一本で銀貨二枚になります!」
そんなルルを見ていた客が何故か接客をするリッテをスルーして、ルルの所ばかり集まってくる。
「俺にもこの水をくれ」
「俺も俺も」
「私にも一本ちょうだい」
「私もよ」
あまりにも突然たくさんの客がルルのところに来たのだから対応に目を回していた。
「はいはーい。そっちに一本、そちらにも一本、こっちも一本であっちに一本ですね……」
その場でぐるぐる回りすぎてフラフラになって、倒れそうになる。
そこをリッテに支えてもらえる。
「ありがとう、リッテ」
「やっぱり私の見立て通りでしたね。まだまだ売れると思うので頑張りましょう」
「うん!」
大きく頷くとルルは再び客に笑顔を振りまいていく。
そして、閉店するまでの間、ルルはふらつきながら動き回ることとなる。
◇
「はぁ……、はぁ……」
「お疲れ様、ルルさん」
閉店後、カウンターにもたれ掛かりながらルルが休んでいると、リッテが水の入ったコップを持ってきてくれる。
「ありがとう」
水に治癒魔法を付与した後、飲み始める。
「なんで魔法を使うのですか?」
「えっと、なんとなく……?」
特に理由はなかったのだが、一度癖になってしまったものはそう簡単に直らない。
「リッテも試してみる?」
「良いのですか?」
「うん、えいっ!」
リッテの水にも治癒魔法を付与する。
それを飲んだリッテがなんとも言えない表情を見せる。
「味は変わらないのですね……」
「まぁ、魔法が付与されてるだけでただの水だからね」
水を飲みながらすっかりなくなってしまった掃除用ポーション置き場を眺めていた。
「全部売れちゃった……」
ルルとしては数本売れるくらいかなと思っていたのだが、最後の方は奪い合いにまで発展して明日の優先購入券と引き換えにせざるを得なかったのだ。
「数、増やした方がいいかな?」
「しばらくしたら落ち着くと思うから今日と同じくらいの数を売り続けましょう」
「わかったよ」
◇
それからルルは毎日百本ずつ掃除用ポーションを作っていた。
それが連日連夜完売するほどの人気ぶり。
ただそこまで売れてしまうとこの街にある他商店から睨まれるのもおかしくない話で――。
「おいっ、お前!」
数日ぶりにミーシャの家へ行こうと向かっていると、どこか煌びやかな服を着た小太りの男が後ろに数人の男を引き連れてルルの前に立ち塞がる。
ニマニマと嫌な笑みを浮かべる男たち。
当然ながらルルはその男たちのことを知らないし声を掛けられる理由もない。
キョロキョロと周りを見渡し、他に人がいないかを確認する。
しかし、ルル以外に誰も歩いていなかった。
――空耳だったかな?
知らない人に声をかけられても付いていってはダメだ、というのは常識である。
ルルは聞かなかったことにして立ち去ろうとする。
「お前だよ、お前!」
男が立ち塞がりルルの腕を掴んでくる。
「痛っ!」
無理やり掴まれたことでルルは思わず声を上げる。
しかし、男はそんなことを気にする様子もなく話を続ける。
「おい、お前だろ。あのイーロス商会に手を貸してるのは」
「ひっ、だ、誰か……」
男に鋭い視線で睨まれ、更には手も強く握られる。
今まで受けたことのない恐怖を感じ、ルルは思わず悲鳴を上げる。
「この住宅街は出歩くやつがほとんどいないから叫んでも無駄だぞ」
「おや、ルルじゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」
更に嫌らしい笑みを浮かべる男たちの後ろからマリウスがやってくる。
「マリウスさん、助け……」
ルルのその声を聞いてマリウスは大体の事情を把握する。
マリウスの視線が男を射抜くほど鋭いものへと変わると、男は小さい悲鳴を上げる。
「ひっ、ま、マリウスだと!? ど、どうしてここに?」
「僕が町を歩いていたらダメなのかい?」
「だ、ダメではありません。どうぞ、ごゆるりと」
ルルを掴んだまま男はマリウスを追い払おうとする。しかし、マリウスがそれを許さなかった。
「どうして君が彼女を掴んだままなんだい? 彼女は僕の友人なんだけど?」
「ひぃっ!?」
男は慌ててルルを離す。
ルルはその足でマリウスに抱きつく。
「君は確かゴーツク商会の息子だったかな? 僕の友人に手を出した理由、後で君の両親に聞かせてもらいにいくからね」
マリウスに睨まれては男たちにどうすることもできなかった。
相手は『色環の賢者』。どうあがいても自分たちでは戦っても勝てる相手ではない。
むしろ見逃して貰えるだけで幸運とも言えるだろう。
男たちはヒソヒソと話し合う。
「お、おい、どうする?」
「ここは逃げるしかない。親には上手く話しておく」
「そ、そうだな」
話し終わった男たちはみなちりぢりに走り去っていく。
◇
見えなくなったその後ろ姿を見てマリウスはため息を吐く。
「もう大丈夫だよ」
「……」
ルルは抱きついたまま離れない。
こうやって直接襲われることはなかったのでその恐怖から体がすくんで動かなくなってしまったのだ。
その目には涙が浮かんでいたのだが、それをマリウスには見えないように隠していた。
「だから大丈夫だよ」
「……」
「マリウス、どうしてそんなに魔女さんとくっついているのですか?」
マリウスの後ろに鬼のような表情を浮かべたミーシャが、それでも笑顔で話しかけてくる。
「ひぃぃぃ。ち、違う。これは違うよ、ミーシャ!」
「むぎゅう……」
「る、ルルももう離してくれ!!」
「……仕方ないですね」
ルルはようやくその体を離す。
その目は赤く染まっていた。それでマリウスはおおよその事情を察する。
よく見ると自分の服にも涙を拭いた後が残っていた。
「とりあえずここじゃあれだから詳しい話はミーシャの家でしようか」
先ほどの騒動を見て、人が増えてきていたのでルルは素直に頷いて、当初の目的通りにマリウスの家へと向かうことになった。
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