第8話 掃除用ポーション
「話を戻すよ。『黄の識者』キーン・ショータイルは膨大な研究資金を得る代わりに帝国に付いてるんだよ」
「研究……ですか?」
「えぇ、特に魔法の研究には熱心でね……」
マリウスの視線がルルの方を向く。
すると、なぜかルルの背筋が凍ったように冷たくなる。
「もしかして私、狙われてますか?」
「もしかしなくても狙われるね。『解剖させてくれないか? あとで元に戻すから』とか言われると思うよ」
「ひ、人は元には戻らないんですよ!?」
「僕に言っても仕方ないよ」
「それが私の治癒魔法を受けた後、皮膚を切ろうとしてた人の言う台詞ですか?」
「それほどに君の魔法は興味深いんだよ」
「それで正当化されることじゃないですからね!? 全く……。今度自分から傷つけたらもう治さないですよ!」
「わかったよ。次は君にバレないように頑張るよ!」
「そういう意味じゃないです!」
ルルたちの応酬を見てミーシャがくすくすと笑っていた。
「お二人とも仲が良くて妬けてしまいますね」
「ぼ、僕は君一筋だよ、ミーシャ」
「私にも選ぶ権利はありますよ!」
「くすくす、わかってますよ。でもそろそろお昼ですからね。お勉強もそのくらいにしましょう」
気がつくとルルのお腹から小さな音が鳴る。
それを聞いていたミーシャが再び笑い、ルルは恥ずかしそうに顔を赤めるのだった。
◇
午後からは魔法の実践をすることとなった。
とはいえ、ルルが使える魔法は治癒魔法ただ一つ。
しかも、有り余る膨大な魔力があるためにいつも全力で放っているだけだった。
「たとえば、……そうだね。治癒魔法の威力の強弱を付けてみる……とかはどうかな?」
マリウスの提案を実行してみる。
使う対象は怪我をしたマリウス……ではなくて、水を入れた薬瓶である。
少しガッカリしたマリウスの顔は忘れられないが、そう何度も人の怪我を見て、ルル自身の精神が保っていられない。
仕方なくポーションを作る方向で話しが付くのだった。
ルルは意識をして治癒魔法の強弱が付くように魔法を付与していく。
ただ、あまり強弱がついた気配はない。
「どう……ですか?」
「魔力の量で見ると確かに強弱は付いてるんだけど……」
ルルの治癒魔法が掃除にも使える話しを聞いたマリウスは実際にできあがったポーションで机を拭いてみる。
すると、どのポーションで拭いてもまるで新品のように変わっていた。
「効果は同じなんだね」
「あうぅ……」
「もっともっと弱くしていくしかないね。もしかするとずっと一定かもしれないし、どこかで治癒が効かなくなるかも。あとは君の魔力量も大体は把握しておく必要があるね。もしもの時に魔法が使えません、じゃ君も困るだろう? そもそも魔法を使い始めた子供たちに教えることでもあるのだけどね……」
「わ、わかりました。頑張りますね!」
グッと気合いを込めると再びルルは魔法を使い始める。
それを数時間繰り返すとようやく治癒の効果がなくなり、普通の洗剤程度にしか汚れの落ちないポーションが完成する。
「……あれっ?」
なんだか最後の方は目的が変わり治癒が効かなくなる魔力量を測定することに躍起になっていた気がする。
その結果、小指で辛うじて触れる程度の状態で塩一欠片程度の魔力を込めるイメージで魔法を使えば『傷を治せない掃除用ポーション』が出来上がったのだ。
――そういえばこんなポーション、一体どこで使うんだろう?
ルルは思わず首を傾げる。
「これがあれば君の旅の役に立つんじゃないかい?」
「一体何の役に立つのですか?」
「だって、これだと汚れがよく落ちる水、として売ることが出来るよね? 治癒はしないからそこから『無色の魔女』へ結びつくこともない」
「あっ……」
「何かと旅は物入りになるから稼げる物は必要でしょ? 僕が受けた恩はこの程度じゃ返しきれないだろうけどね」
マリウスに言われるまでお金のことは頭から抜け落ちてしまっていた。
色んなトラブルがめまぐるしく起こるから仕方ないとはいえ、前回もお金には困ったのだからそこは気をつけないといけない。
「教えていただきありがとうございます」
「そういえば君の連れ……、確かリッテという少女がイーロス商会の子なんだよね? 彼女に頼めば店に置いてもらえるか聞けるんじゃないかな?」
「そ、そうですね。早速聞きに言ってきます!」
「くれぐれも魔力を込めすぎないようにね。治癒の効果が現れるほどの威力を出してしまうと『無色の魔女』が商品開発に関わってるとバレてしまって変な問題が起きるかもしれないからね」
「わかってます。では失礼します!」
ルルは頭を下げてミーシャの家を飛び出した。
その手には出来上がった掃除用ポーションを持って――。
◇
「リッテ、いるー?」
イーロス商会へ戻るとリッテの部屋を開ける。
突然扉が開いた事にリッテは驚いていたが、入ってきたのがルルだとわかりホッとする。
「わわっ。ってルルさんですか? どうかしましたか?」
「これ見てくれる?」
ルルは早速掃除用ポーションをリッテの前で使ってみせる。
治癒を込めたポーションの効果を知ってるルルからしたら少し物足りないほどの効果。
それでもリッテからしたらとんでもないほどの効果が出ていたようで、目を点にして汚れの落ちた机を指で擦ったりしていた。
「こんなに完全に落ちるものなのですか?」
「そうみたいだね」
「この液体って机にしか使えないのですか? 例えば食器とかは?」
「あっ、まだそこは試してない……かな?」
「試しましょう! 思いつく汚れを全部! これはとんでもない商品になりますよ!」
興奮気味のリッテにルルはやや気圧されてしまう。
そして、リッテが部屋から出ていったかと思うとすぐに戻ってくる。
その手には汚れた鍋や錆びて使えなくなったナイフなど、多種多様なものが持たれていた。
それらを比べるように机の上に並べていく。
「これを全部試しましょう!」
「わ、わかったよ……」
結局掃除用ポーション一瓶使い切るほど色んな物に試すこととなる。
そして、全て終わったのは日が沈む頃だった。
◇
「ご、ごめんなさい。私ったらついつい色んなものに試してみたくなって……」
「それよりもこれ、どうかな?」
「絶対に売れますよ、これ。だってすっごいですもん。私が欲しいくらいです。流石に錆びたナイフだけは元に戻らなかったけど、それでも他の汚れはすぐ落ちるし、ちょっと厄介な汚れとかもしばらく漬け込んだらちゃんと落ちるんですもの」
目の前に置かれた実験結果たちを前にして、いまだに興奮冷めあらぬ様子のリッテ。
「どのくらいのお金で売れると思う?」
「販売の値段なら最低でも銀貨二枚。貴族様をターゲットにするなら瓶を少し豪華にして金貨一枚とか貰ってもいいかも」
「えっ!?」
思った以上に高額をつけられて驚いてしまう。
――銀貨二枚って二万!? ただの水が原料なのに!?
しかし、ルルの驚きは別の意味に取られてしまう。
「うーん、もう一声出して、銀貨三枚ってところですね。流石にそれ以上になると一般の人には手が出しにくくなっちゃうから数が売れなくなりますね」
「そ、そんなにいらないよ。数本で銀貨一枚にでもなればいいなって思ったくらいだから……」
ルルとしてはそれで十分なのだが、それはリッテが首を横に振る。
「あんまり安い値段を設定されると買い占めが起こったり、転売が横行したりで結局欲しい人のところに行かないのです。それならしっかり適正価格で売った方が不幸になる人が少ないのですよ」
「そっか……。わかったよ。それなら販売の価格は銀貨二枚でいいかな?」
「はい、わかりました! 数はどのくらい出せそうですか?」
「そこだよね。私が持ってる瓶って五本しかないんだよね。作るだけなら数十。頑張れば百いけるのかな?」
意外と数が増えると嵩む上に重たい。
ルルが持って回れる数を考えると五本が限界だった。
「それなら瓶は私の方で用意させていただきますね。取り分としては売り上げから瓶の代金を引いたあとの半分、くらいでどうでしょうか?」
「私は全然問題ないよ。販売開始は瓶の準備ができてからかな」
「はいっ! 大至急準備させてもらいますね!」
リッテは妙にやる気を見せていた。
――旅の分くらいお金を稼げたらいいな。
ルルはぼんやりそんなことを考えていたのだったが、すぐに想像以上の反響が起こってしまい、ルルの身動きが取れなくなってしまうとは思ってもみなかったのだ――。
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