第7話 勉強会

 ミーシャの家に着くやいな、ルルはマリウスと向かい合うように座らされる。



「まず魔法を教える前にきみがどのくらいの知識があるかを教えてもらうね」

「は、はい……」



 いきなりテストが始まってしまう。



「簡単な所から全ての魔法の属性は当然知ってるよね?」

「えっと、色を冠してるんですよね? 『赤』は炎、『白』は光、『無色』は治癒、『青』は水、ですね」



 あまりにも常識的な問題なので、馬鹿にされたと憤慨されるとどうしようとマリウスは思っていたのだが、ルルはその常識な問題すらわからないようだった。


 思わず頭が痛くなる。



「他には『黄』の土、『緑』の風、『黒』の闇がある。魔法の属性は六つあり、それぞれのトップが色を冠する。『無色』を隠すつもりなら最低限これは覚えておいた方がいいね」

「わ、わかりました……」

「これは実践的なことを教える前に常識を教える方がよさそうかな」

「すみません……」



 ルルは頭を垂れる。



「だからこそ今まで『無色』という神にも等しい属性が見つけられなかったんだね」

「えっと、そ、そうかもしれないですね」



 実際はこの世界に転生してまだ一年も経ってないだけなのだが、それを話したところで理解してもらえない。

 ルルは苦笑を浮かべるにとどめていた。



「ではまずはこの国のことについてだよ。今いる国の名前は当然ながら知って――」



 ルルは首を傾げていた。



「いるわけなかったね。まず今私たちがいるのはグランファイゼン王国。王都は以前行ったんだよね?」

「はい、王子の治療に行きました」



――結局会えなかったけどね。



 ただあのときもし会えていたらこの程度の騒動で済まなかったかもしれない。



――そういえばあのときあったアベルさん、今何をしてるんだろう? 完全に治ったのかな?



 マリウスの抗議を受けながらぼんやりそんなことを考えていた。




◇◆◇




 アベルは王都の自室にてルルの情報をまとめていた。


 王都より北に位置する、カラザフ領。

 南に位置するサーモス領。

 西にはリーリシュの町。

 東はイシュル山脈が連なっている。


 流石にこれだけ色々な町がある中で山越えを選ぶとは考えにくい。


 よって『無色の魔女』が向かった先は東を除いた他三方向と考えるのが妥当だった。



「でも、それは普通の考えだな」



 ここで前提に今まで見つかることのなかった人を避ける『無色の魔女』が相手だと考えると安易に考えつくその三つは避けそうだと考える。


 まさかどこに何があるかわからずに適当に進んで行った、とは考えずに。



「よし、イシュル山脈に『無色の魔女』捜索の部隊を出す! 危険な地だ! 各員、装備をしっかり確認ののち出発だ!」



 こうして第二王子アベルは見当違いの方向へ向かっていくのだった。




◇◆◇




 小一時間ほど授業を受けたルルの脳は既にパンクしかけていた。



「えとえと……、魔法の強さは数字が小さい方が強くて、最大が十。私の魔法はそのどれにも分類されない『超位』と言われるもので、つまり私は知らなかったとはいえ、ずっと『第一位』が使えるとか自慢してる頭のおかしい人だった……ってことですよね」



 思わず頭を押さえて机の下に隠れたくなる。



――大体みんなもみんなだよ。どうして訂正してくれなかったの!!



 恥ずかしさのあまり八つ当たりしてしまう。

 それをマリウスが訂正する。



「実際に第一位を越える超位魔法を使えるのだから嘘でもないよね?」

「うぅぅ……、そうでした……」



 知らずに話していたことが嘘ではないために微笑ましく見られていた。

 そんな気を遣われていたとわかるとますます恥ずかしさに磨きが掛かる。



「穴があったら入りたいです……」

「作りますか?」

「いえ、いいですよ……」



 『白の魔法使い』と呼ばれているマリウスなら本当に作ってしまいそうだったので慌てて否定する。



「君の異常性については理解できたかな?」

「は、はい。『色環の賢者』って呼ばれる人たちの頭がおかしいってことはよくわかりました」

「それ、僕にも頭おかしいって言ってることになるよ?」

「違うのですか?」



 ルルとマリウスが視線の応酬をやり合う。



「まぁ、僕は除いて他の相手が頭おかしいことはルルもよく知ってるよね?」

「昨日、赤い人に襲われましたもんね」

「『赤の狂戦士』クリフォード・カロライナだね。あれでも彼は本気を出してないんだよ」

「で、でも、マリウスさんの魔法が破られそうになってましたよ!?」



 同じ『色環の賢者』なのにここまで実力差が違うものなのだろうか? と自分のことを棚に上げてそんなことを考える。



「痛いところを突かれたね。あのときは本調子じゃなかったとはいえ、良いように弄ばれたしね。昔はこれでも良い勝負をしてたんだけど、今だともうクリフォードの方が実力が上だろうね。なにせ彼の持つ『超位』魔法は『集団爆撃エクスプロージョン』。色環の賢者の中で大量殲滅なら彼の右に出るものはいない。まぁ、なぜか肉弾戦を好んでてやたら勝負を吹っ掛けてくる奴だけど」

「良い迷惑ですね……」

「全くだよ」



 歩く核兵器とでも言うべき人間だった。



「どうしてそんな人を国とかは放置してるのですか?」

「手を出せないからだね。もしそれほどの人間が相手国に付いてしまうとどうなる?」

「自分の国が滅んじゃいますね」

「そういうことだよ。だからこそ各国は『色環の賢者』に関してはお願いすることはあっても強制することはできない。『色環の賢者』は国に囚われない自由人なんだ」

「自由……。あれっ? でも、私はなんか国から『無色の魔女』と指定されたことになってますよ?」



 王子や騎士団長の推薦があったことは知らないルルだが、王国が認定すると言っていたことだけは覚えていた。

 そのせいで色々とトラブルに巻き込まれて良い迷惑だったから。



「君の場合は本当に特殊だからね。本来の手続きは各色ごとにある協会でその実力を発揮。現『色環の賢者』と戦い、勝つことで色を冠することができるようになるのだけど、君の場合はそもそも協会がないでしょ?」



 ルルの魔法はルル一人にしか使うことができない。

 しかし、どこかの国が独占するにはその力は強すぎたのだ。



「結局、超法規的措置として君を七番目の色環に選ぶ措置を取ったんだよ。それとも君は国家間の奪い合いの景品にされたかったのかい?」



 首輪を付けられてプレゼントされる自分の姿を想像したルルは顔を青白くさせ、必死に首を横に振るのだった。



「つまりはそういうことだよ。君をどこかの国に縛り付けないための措置ということだね」

「それじゃあ、国に仕える『色環の賢者』さんはいないのですね」



 それなら国に追われることはない、と希望に満ちた表情で聞く。

 しかし、マリウスは首を横に振る。



「あくまでも国側から強要することは認めない、というものだからね。『色環の賢者』が自ら手を貸すのは認められている。僕やクリフォードともう一人を除いて、他は国に所属しているよ」

「ど、どうして!?」

「やはり力のある存在だからね。国としてはどんな報酬を出そうとも囲っておきたい相手なんだよ」



 そう言いながらマリウスはこの世界の地図を出してくる。



「これはかなり貴重な地図で世界各国の位置が乗ってるんだ。それでここにクシュリナ聖公国というのがあるだろう?」



 地図の中央にそれほど大きくはない、三方を大国に囲まれた国があった。

 そこをマリウスは指差す。



「ここを収めるユリス・クリュリナーデ。彼女が現『青』だよ」

「えっ!? 国のトップが『色環の賢者』なのですか!?」



 驚きのあまり聞き返してしまう。



「そういうことだよ。彼女は水難で貧しかった中央砂漠のこの地に水の町を作り上げたことで祭り上げられたんだ。それで付いた称号が『青の聖女』。国を引き継いだというよりは彼女を中心として国が興された、という感じだね」

「ほ、他の人たちもどこかの国のトップなのですか?」

「いや、あとの二人はライベルド帝国に仕えているよ。『黄の識者』キーン・ショータイルと『黒の剣士』ミハエル・アドウッド」

「あ、アドウッド……?」

「まぁ、アドウッドは珍しい名前でもないからね」

「そ、そうですよね。うん!」



 マリウスの言葉にルルも全力で頷いていた。



「その昔、神の御使いとして降り立った人の子孫だね。神に愛された特別な力をもつのもこのアドウッドと聞くよ」

「えっ!?」

「ルル、君はもしかして神様からその力を授かったのではないのかい?」



 マリウスの目が光る。

 返答に困ったルルはありのままを伝えることにした。



「その……、私も病気で死にそうだったんです。もうダメだって思ったときにこの力を使えるようになって……」

「なるほどね。強い願いが神様にも届いたんだろうね」



 マリウスは納得してくれたようでルルはホッと息を吐く。

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