第6話 本当の家族

 ルルたちはミーシャの待つ家へと向かう。


 町の人は相変わらずこの家を避けているようだったが、魔石病が治ったという話しが広まるとそれも緩くなっていくだろう。


 でも、今はヒソヒソと影で話してる姿を見るとなんだかいたたまれなくなる。


 そんな寂れた住宅街を抜けた先にあるミーシャの家。


 ルルたちが来ることを予測していたのか、ミーシャが家の前で待っていた。


 憂いを帯びた瞳。


 しかし、ルルたちのことが視界に入ると笑顔で大きく手を振ってくる。



「マリウス、あと小さい魔女さん、いらっしゃい。今お茶を淹れるから待っててね」



 ミーシャが元気な姿を見せていることに気づいたマリウスはその動きが固まる。



「み、ミーシャ……、ほ、本当にミーシャなんだな?」

「ふふっ、他に誰に見えますか?」

「よ、よかった……。本当によかった……」

「あらあらっ」



 マリウスが目に涙を浮かべながらミーシャに抱きつく。

 さすがに男の人を泣いている姿を見続けるのは悪いかなと少し離れようとする。



「小さな魔女さん、ゆっくりして言ってくれて良いのよ?」

「ちょっと町の空気が吸いたくなっただけですね。少ししたら戻ってきます」

「そう……、ありがとうね」



 ミーシャも理由がわかり、一度頷いていた。






 ルルが町の方へと離れたあと、ミーシャはマリウスの体に触れながら言う。



「あらあら、こんなに細くなってしまって。どうせマリウスのことだから全然何も食べてないんでしょ。ついでに料理を作るわね」



 マリウスから離れたミーシャは厨房のほうへと行く。

 その後ろ姿を見送った後、マリウスはルルを呼びに行く。


 ルルは路地を一本曲がった先でぼんやり町を眺めていたのですぐに見つけることができた。



「もう良かったのですか?」

「あぁ、本当になんてお礼を言ったら良いか……」

「それは気にしなくてもいいですよ。その代わりに魔法について教えてくれるんですよね?」



 ルルが笑みを浮かべるとマリウスは一瞬呆然として、そしてくすくすと笑い出す。

 ルルは自分が笑われたのかと思い、頬を膨らませてムッとする。



「悪い悪い。君が可愛らしくてね。あっ、もちろん娘的な意味だよ。僕にはミーシャがいるからね」

「そんな間に割って入るような事はしないですよ。それに私は娘ってほど小さくないです!」



 ルルが必死に胸を張る。その仕草がますます子供らしくて、マリウスの笑い声は大きくなっていくのだった。



「あ、あははっ、こんなに笑ったのはいつぶりだろう」

「それは良かったですね」



 笑われた側のルルはそっぽを向き、拗ねてしまう。



「すまないすまない。お詫びも兼ねて僕が知っている魔法のすべてを君に教えるよ」

「そ、そこまでしなくても良いですよ……」



 やる気を見せてくるマリウスにルルは苦笑を浮かべる。



「マリウスさん、魔女さん、お食事の用意ができましたよ」



 ミーシャの声が家の中から聞こえてくる。

 そこで二人のやりとりを中断する。



「おっと、ミーシャの手料理なんていつぶりだろう。早く行こうか」

「はいっ!」



 待ちきれない様子のマリウスが先に家へと入っていく。

 その後ろに続くようにルルも追いかけていく。




◇◆◇




 領主邸。

 ドルジャーノ・カラザフ伯爵は焦っていた。



「どうしてだ!?  なぜ『無色の魔女』を見つけることができんのだ!?」



 この町に入っていることは間違いない。

 他の『色環の賢者』である赤のクリフォードを見かけたという報告もある。


 他の勢力も『無色の魔女』確保に動いているということだ。

 それならなおのこと早く確保したい。



――それなのにどうしてこの町の宿屋にいないんだ!!



 兵を総動員してすべての宿に泊まっている人間を調べた。

 『無色の魔女』の名前は知らないが、その容姿は伝わっている。



 門兵にしっかり名前まで覚えておいてくれ、と言いたくなるが、相手の方が立場が上なのだから仕方ない。

 容姿だけ覚えておいてくれただけで僥倖である。



 子供のように背丈は小さくって白のモコモコとしたローブを着ている。

 見た目は全く魔女には見えない子供っぽいその特徴的な容姿。



 ここまで特徴的ならばすぐに見つかるだろうと思っていた。


 それがなぜか姿を消していた。

 『無色の魔女』の噂通りに……。



――本当に姿を消す魔法が使えるのか?



 そんなことを考えてしまう。

 すると、そんな余裕がない時に限って町で騒動が起きているという話がドルジャーノの下へと届く。



「また魔石病か? あれは解決方法がない。しばらく安静にしていたら治ったという情報もあるがその審議はわからん。その旨を伝えろ!」

「いえ、その話では無く町で『色環の賢者』三人が暴れているとのことです」

「な、なんだと!? これだから色を冠するやつは厄介なんだ。周りにいるものを退避させろ! あれは人災だ! 人の手でどうにかできる相手でもない。……んんっ?? 三人だと!?」



 この町にいる『色環の賢者』は白のマリウスだけ。

 新しくこの町に入った情報があるのは赤のクリフォードだ。



――いや、無色の魔女がいる! まさか本物か!?



 それならばこの目に収めて、あわよくばこの家で歓迎する必要がある。

 そう考えるといてもたってもいられなくなった。



「よし、今すぐ行くぞ! 着いて参れ!」

「はっ!」



 大慌てで三つ巴の戦いがあった場所へと向かうドルジャーノ。

 しかし、そこでの騒動はとうに終わっており、みな解散した後だった。


 相変わらずタイミングの悪いドルジャーノだった――。




◇◆◇




 ミーシャの料理を食べたあと、ルルはリッテの商店へと帰ってくる。

 すると、心配をしていたリッテに抱きつかれ、泣かせてしまう。



「無事で良かったですぅ……。本当に、本当に心配したんですよぉ」

「ご、ごめんね。本当はもっと早くに無事を伝えたかったんだけど、ちょっと余裕がなくてね」

「そ、そうですよね。『色環の賢者』様が相手だったわけですもんね」

「でも良い人だったよ? 明日から私に魔法のことを教えてくれるって」



 リッテの表情が固まる。



「えっ? 『色環の賢者』様がそんなことを言ったのですか? まさか『赤』の――」

「ち、違うよ。マリウスさんがね……」

「『白』のマリウス様が……ですか!? その方が驚きなのですけど……」



 リッテが驚愕の表情を見せる。

 それもそのはずで、この町の人はマリウスが魔石病の研究にすべてを注ぎ込んでいることを知っていた。

 その研究によって人に移ることがわかると、風当たりは強くなってしまったようだが。



「もうミーシャさんもマリウスさんも魔石病は治ったからね」

「そうなんですね……。それじゃあルルさんはもうこの町を出て行ったりとか――」



 どことなく寂しそうな表情を見せてくるリッテ。

 ルルが旅をしてることを知ってるからこその表情だ。



「魔法を教えて貰うまではいるつもりだよ。でもその後は――」

「やっぱり……。それじゃあそれまでにうーんとかわいい服を着て貰わないとね!」



 リッテはなぜかやる気を見せていた。

 しかし、その表情にはどこか悲しみの色があった。







 翌朝、ついに洗濯が終わった自分のガウンに着替えようとしたルル。

 しかし、夜のうちに用意しておいたガウンはなぜか黒のドレスローブとそれに合わせた小さい帽子が置かれていた。



「……??」



 ルルはその服を見て首を傾げる。



――私、こんな服は持っていないよ。それなら一体誰が置いたのだろう?



 そこまで考えてとある答えにたどり着く。



「リッテー!!」



 犯人がわかっても服がこれしかなかったら着るしかなかった。

 仕方なく、服を着替え終えた後、リッテを探し始める。







「やっぱり似合ってるよ!」



 はやり犯人はリッテだったようで着替え終えたルルを見て抱きしめてくる。



「むぎゅぅ……、く、苦しいよ……」

「あっ、ごめんなさい……」

「隙あり!!」



 逆にルルがリッテを抱きしめる。

 ただ、これが意外と恥ずかしくてルルは顔を赤く染め上げる。



「朝から可愛らしい光景だね」



 ケイトが微笑ましそうに二人を見ていた。

 その視線に気づいたルルは素早い動きで離れる。



「あらあら、もう終わりなのかしら?」



 マーサも微笑んでいた。



「そういえば、昨日領主様が『無色の魔女』様を探しているって言ってたよ」

「ふぇ?」

「あとは『色環の賢者』が三人、町で暴れていたって言ってたよ?」

「わ、私は暴れてないですよ!? 後の二人が暴れていたんです!?」

「やっぱり魔女様は君だったんだね」

「うっ……」



 別にリッテ達にはそこまで隠していない、というか瀕死の状況を治した時点でおおよそバレてしまっても仕方のないことだった。

 それでも、このことを知った結果離れて言ってしまうようなことがあったら……嫌だなとルルは思う。



「私のことを領主様に売るつもりですか?」

「そんなこと、するはずないだろう? 君は私たちの命の恩人なんだからね。たとえルルが魔女様だろうと狂戦士様だろうとね」

「わ、私は町で炎をぶっ放すような人ではないです!」

「モノの例えだよ。別に私たちもルルが魔女様だから付き合ってるわけじゃない。ルル個人が好きだから一緒にいるんだ。だから僕らに気を遣うことはないんだよ」

「け、ケイトさん……」



――何だろう。どうしても『無色の魔女』ということを知られると恭しい態度を取られることが多かったが、こうして安心できるような人は初めてだった。



 そこはまるで本当の家族のような居心地の良さを感じていた。



「ありがとうございます。おかげで救われた気がします」

「はははっ、本当に救われたのは私たちなんだからこのくらいいくらでもするよ。君が望むなら、ねっ」



 ケイトの頼もしい言葉をありがたく思いながらルルはマリウスのところへ勉強会へ行くのだった――。

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