第5話 誘拐
「万全の時のお前なら俺と互角だったが、今のお前にこの俺が止められるのか?」
クリフォードがなぜか魔法を放たずに白の壁を殴りかかってくる。
拳が壁に触れたその瞬間に火の玉とは比べ物にならないほどの威力の爆発が起きる。
「おらおらおらおらっ!」
それを連打してくる。
流石の威力に『白の魔法使い』マリウスは顔を歪める。
しかし、多少ヒビが入る程度で白の壁が壊れることはなかった。
「確かにこの身に君の魔法は堪えるね。あまり長く持ちそうにないや。……でもね」
マリウスの右手に抱えられたルルは顔を真っ赤にしてワンピースの裾を押さえつけていた。
「わわっ……」
「最初に言ったはずだよ。僕の目的はあくまでも
「逃がしてたまるか!!」
クリフォードの攻撃に激しさが増す。
ピキッ……、ピキッ……。
と壁のヒビが広がっていく。
時間を掛ければ壊れることは明白だった。
それでも数分の時間を稼ぐ程度ならば容易である。
「わかってるはずだよ、クリフォード。僕の結界の強さを」
マリウスが背を向けるとクリフォードは舌打ちをする。
「ちっ、次は逃さねーぞ! 『無色』、お前も覚えておけ!」
「わ、私もですか!?」
全く蚊帳の外だったルルは突然話しを振られて驚いてしまう。
「あたりめーだろ! お前の強さは未だにわからんからな。でも『白』のやつにそこまでさせるだけの実力は持ってるってことだろ?」
「相変わらず『赤』は脳筋ですね」
マリウスが嘲笑を浮かべるとクリフォードが青筋を立てる。
――私と無関係なところで喧嘩して欲しいな。
依然として抱きかかえられたままのルルはこの間に立たされることだけでもつらいものがあった。
「あぁ、やんのか!!」
「やらないですよ。では、失礼しますね」
「だ、だからなんで私は抱きかかえられたままのですかー!?」
結局下ろされることなくそのまま連れて行かれることになった。
◇
大通りをまっすぐ住宅街の方へと抜けていく。
さすがにマリウスも体の線は細いので、ルルを抱きかかえたまま走り続けるのは厳しかったようで、今はルルを抱いたまま歩いている。
――そろそろ下ろして欲しいかな。
もう危険は去ったのにどうしてまだ抱いたままなのか疑問に感じていた。
「あの……、どうして私を?」
「貴方に聞きたいことがあるからです。かの王子を救ったという『無色』の魔法を――」
――どうしてそのことを知ってるのだろう?
ルルが『無色の魔女』であることはこの町へ来てから誰にも言っていない。
それなのにマリウスもクリフォードもルルのことを知っているようだった。
そもそも自分を追いかけてくる二人が『色環の賢者』だとルルは知らなかった。
「あっ、リッテがあの場所に残ったまま……」
「君のお友達ですね。彼女なら大丈夫でしょう。あの男の目的はあくまでも君一人でしたからね。もちろん僕もそうだけどね」
リッテが無事だと聞いてルルはホッとため息を吐く。
「それはよかった……。あ、あの……、私はもう大丈夫ですから、下ろしてもらえませんか?」
「どうして?」
最初から下ろすという選択肢がないかのように聞き返していた。
「どうしてってそれは――」
「さっきも言ったとおり、私は君に用があるのですよ? なぜ下ろす必要があるのですか?」
そこでルルは改めて自分は助けてもらったのではなくて、別の敵に捕らえられただけなのだと言うことに気づいた。
一体自分は何をされるんだろう、という恐怖が襲ってくる。
そのときにミーシャから預かっていた手紙のことを思い出す。
「せ、せめてこの手紙を届けてからじゃダメですか?」
「手紙?」
ルルは手に持っていた手紙をマリウスに渡す。
それを受け取ったマリウスは手が震え、ルルのことなどどうでもいいかのようにそのまま落とす。
「痛っ」
思いっきり尻餅をつくルルのことなど気にすることなくマリウスはその手紙を開けていた。
「ちょっと待ってください。それはマリウスさんっていう人に渡すもので――」
「マリウスは僕だ。つまりこれは僕宛の手紙と言うことだろう?」
突然の襲撃者がまさかミーシャの知り合いだと思わずに聞き返す。
「えっ? 嘘……」
「嘘なもんか。えっと、なになに……」
マリウスは手紙をじっくり読んでいた。
先を読み進めていくうちに手紙を握る手に力が入る。
そして、すべてを読み終える頃には目からぽろぽろと涙が溢れ出していた。
さすがに大の大人が泣き出すとは思っていなかったルルはあたふたとし出す。
「あ、あの……、そ、その……」
「君のおかげでミーシャが治ったんだね。ありがとう。本当にありがとう……」
どう反応して良いのかわからずにルルはそわそわと周りを見る。
今は人があまり歩いていない住宅街まで来ていたが、それでも騒ぎが起これば注目を集めてしまうだろう。
更に顔を赤く染め上げて、どうにかして現状を打開する方法を探す。
そのとき、彼の左腕から先ほど見た虹色の魔力が放たれていることに気づく。
――これってあれ……だよね?
ルルの意識はその左腕にしかいかなくなる。
「ちょっと待ってください」
「えっ、なんだい?」
「失礼します」
ルルはマリウスの返事も聞かずに彼の左腕をまくり上げる。
すると、そこにはミーシャの時に見た石と化した腕があった。
「やっぱり……。マリウスさん、貴方も魔石病だったのですね」
「これは元々こういう手なんだ。別にミーシャに移されたわけじゃない」
「もう、何を言ってるのですか。とりあえずジッとしておいてください!」
ルルは手に魔力を込めながら魔石病を発症している患部に触れる。
「こ、これが『無色』の魔法……」
感動の声を上げるマリウス。
ルルはそのまま透明の光を発していた。
そして――。
「治りました。もう、元々こういう手なんて変なことを言わないでくださいね。放っておいたら大変な事になるのですから」
「ぼ、僕があれだけ探しても見つからなかった魔石病の治療法がこんなに簡単に――」
マリウスは自分の腕を空に掲げたり、いろんな角度から興味深げに眺めていた。
そして、懐からナイフを取り出したかと思うとそれを思いっきり自分の手に突き刺して――。
「って、何をしてるんですか!?」
「僕の皮膚がどう変わったのかな研究をね」
「それよりも手当を……」
ルルは大慌てで再び治癒魔法をかけることになる。
「はぁ……、はぁ……」
「おぉ、この傷も一瞬で治るんだね」
「も、もうこんなことしないでくださいね。わ、私の体力が……」
体としては余裕があるのだが、慌ただしく治療をしたことによる体力や目の前で生々しい怪我を見た事による気力の消耗が激しい。
「って、なんでまた刺そうとしてるのですか!? だ、ダメですよ! もう治しませんからね」
「仕方ないね。『無色』の魔法を調べる良いチャンスかと思ったのだけどね」
本当に残念そうにしている表情をするマリウスに、ルルは思わず身じろぐ。
そのうち人体解剖でもされるのではないかという狂気がそこにはあった。
「大丈夫、大丈夫。さすがの僕でも同じ『色環の賢者』相手にそんなことできないからね。喧嘩を売ってくるのは『赤』くらいなものだよ」
笑い声を上げるマリウスにルルは動きを止める。
「えっと、だ、誰が『色環の賢者』って……?」
「まずは君でしょ、『無色』」
「や、やっぱり、私の事は知れ渡っているのですね……」
「全員に、ではないかな? ただ、事情が事情だけに僕たち『色環の賢者』や国王や貴族の一部などにはさすがに情報が回っているね」
「そ、そっか……」
――そういう偉そうな人とは関わらなければ平和は保てるのかな?
「えっと、マリウスさん……も『色環の賢者』なんですね。たしかミーシャさんが『白の魔法使い』って……」
「あの頃は自分を磨くことだけを考えていたからね……」
ぼんやりと遠くを見えるマリウス。
魔法を磨くことに力を入れすぎてミーシャのことを疎かにしてしまった結果、魔石病の罹患に気づかなかった。
そんな過去の自分を殴ってやりたいと思うほどに黒歴史となっていた。
「『白』の魔法っていったいどんなことができるのですか?」
なんとなく空気を変えようとルルは違う話をする。
そのことに気づいたマリウスは苦笑を浮かべていた。
「六属性の魔法はけっこう基本なんだけどね……」
口ではそう言いながらも手から軽く魔法を出してくれる。
白い光が放たれたかと思うと空気中にふわふわと光の玉が浮かんでいた。
「これが白属性の第十位魔法、
ルルは興味深そうにそっと光の玉を触れようとする。
しかし、触れようとしたその瞬間に光の玉が逃げ去って行った。
「第十位でも威力がないのですね。戦いに使う魔法とかだと第百位とかじゃないとダメなんですかね」
「はぁ……、もしかして君は魔法について何もしらないのかい?」
頭に手を当てて呆れられてしまう。
確かにこの世界に来て十数日が過ぎたのだが、まだ碌にこの世界のことを知らない。
この辺りで勉強をして見るのも良いかもしれない、と感じていた。
「わかったよ、この町にいる間に僕が君の先生になろう。少しくらい魔法について知っておかないと『色環の賢者』としてやっていけないだろうからね」
「あ、ありがとうございます。助かります」
「ただ、とりあえず先にミーシャの家に行くよ。君も付いてきてくれるよね?」
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