第4話 三つ巴


 ミーシャ・マルセスは平凡な庶民の生まれの少女だった。

 ただ一つ変わった点を上げるとするならば幼なじみに魔法狂いとでもいうべき変わった人間がいることだった。


 マリウス・スノーバッハ。

 後に『白の魔法使い』と呼ばれる青年だったが、このときはミーシャの驚く顔が見たくて魔法の腕を鍛えていただけのただの少年だったのだ。


 でも、そんな彼にいつしかミーシャは惹かれるようになっていった。


 そして、その成長は留まることを知らず、第一位光魔法を使えるようになったかと思うと、白の協会から、今代の『色環の賢者』に認定すると言われたタイミングで、彼から「結婚してほしい」との申し出を受ける。


 彼と二人での生活。

 忙しそうに常に飛び回ってるマリウスに、自宅では少しでも休んでもらおうと家事や料理の腕を磨いた。そんな時、自分の体に異変を感じたのだ。


 左手の指先が固くなり、動かなくなってしまう。

 それはまるで石のように。


 最初は休めば治るかな、と思ったのだが一向に治る気配がなかった。

 むしろ症状はよりひどくなる一方だった。


 初めは指先だけだったのだが、それが指が動かなくなり、手が動かなくなり、しまいには腕まで動かなくなった。


 そこで流石に異変を感じたミーシャは医者に診てもらうことにしたのだが――。



「魔石病ですね」

「魔石病……ですか?」

「えぇ……」



 医者の顔色が青ざめている。

 それでおおよそ自分の身に何が起きているのかわかったが、それでも聞かずにはいられなかった。



「先生、その魔石病って治るのですか?」

「…………」



 その沈黙が答えだった。

 もう自分が助からないとわかると恐怖や悲しみがよりも申し訳なさが勝る。


 自分のために頑張ってくれてるマリウスにどんな顔をして会えば良いのか……。


 自宅に戻ってきたミーシャは明かりもつけずにベッドにうずくまる。

 すると、そんな最悪のタイミングで世界を飛び回ってるはずのマリウスが戻ってくる。



「ミーシャ、戻ったよ」

「……」



 彼女の返事がないことを不思議に思うマリウスが照明をつける。


 そこでベッドにうずくまるミーシャを見つける。



「ど、どうしたんだ!? 何かあったのか?」

「あっ、マリウス……」



 ミーシャの手が怪しげに光るのが見える。

 それに気づいたマリウスは慌ててミーシャに駆け寄る。



「これは……」

「あの、マリウス。私……、私……」



 思わず目から涙が流れる。

 それを抱きしめるマリウス。



「大丈夫だ。この僕は『白の魔法使い』だぞ? 魔石病すら治す方法を探してやる!」

「で、でも、私に近づくとマリウスにも移っちゃうよ」

「大丈夫だ。移ったとしても僕自身の体で病気を調べられるからな」



 全く気にしていない様子のマリウスを見て、ミーシャは再び涙を流し、マリウスの胸に顔を埋めていた。

 それから日に日にやつれていくマリウスを間近で見てきたミーシャ。

 自身の体もろくに動かなくなりずっと寝たきりの生活を送っていた。


 もうこのまま魔石になって死んでしまうんだと考えていた。

 でも、そのほうがマリウスも解放されて良いのかも知れない。


 そう考えるようになっていた。


 そんな時に現れたのがルルだった。

 声すら出せなくなっていたが、ルルの透明な魔法によって瞬く間に体に自由が利くようになる。



「あ、あれっ? わ、私は?」

「よかった。無事に治ったのですね」

「あなたは?」

「私はルルと言います。ただのルルです」

「タダノ・ルルさんですね。私はミーシャ・マルセスです」



――もしかすると魔石病特化のお医者さん? とても可愛らしいお医者さんだけど……。



 でも治してくれた事実は容姿と関係ない。

 ミーシャは感謝してもしたりなかった。

 ただ、その瞬間にマリウスのことを思い出す。


 マリウス自身は気づいていなかったが、魔石病はマリウスにも移っており、本人も気づかないうちに病気は進行していた。

 そして、『色環の賢者』である以上魔法を使わざるを得ない。


 しかも、魔力を使えば使うほどに魔石病は進行してしまう。


 本気の魔法を使ってしまってはものの一瞬で魔石化してしまう。

 でも、この少女ならマリウスも治してくれるんじゃないだろうか?

 見ず知らずの自分をわざわざ助けに来てくれたほどなのだから――。


 そう考えたミーシャは自分が治ったことと魔石病の治療に関わるルルのことを知らせるために、病み上がりの体に鞭を打ってマリウスに手紙を書くのだった。




◇◆◇




 ミーシャから手紙を受け取ったルルが家の外へ出ると、泣きそうになっているリッテがすぐさま抱きついてくる。


「あ、あの……、リッテ?」

「……」



 ルルが口を開いてもリッテは無言で抱きしめ続けていた。


 その理由はわかる。

 ルルが自分の身を危険に晒してまで他人の治療を行っていたからだ。



「ごめんね、リッテ。でもあの場はあぁするしかなかったの」

「わかってます。わかってますから……」



 どうやら自分の気持ちを整理するための時間のようだった。


 ルルはため息を吐くとリッテが落ち着くまで今のまま抱きしめられておくことにした。


 数分も経つとリッテは冷静さを取り戻してくれたようで、ルルから離れて……くれることはなく、やや呼吸が荒くなっていた。

 さすがに身の危険を感じたために無理矢理リッテから離れる。



「あぁ、ルルさんの温もりがぁ……」

「元気になって良かったよ。それじゃあ、次はマリウスって人を探すよ!」

「マリウス?」



 リッテが首を傾げる。

 マリウスといえばこの町にいる『色環の賢者』である『白の魔法使い』がマリウスという名前だが、それだけではなく、結構良くある名前の一つでもあった。



「その人に何のようなのですか?」

「さっき治療したミーシャさんって人の恋人なんだって。手紙を渡して欲しいって頼まれたんだよ」

「なるほど。でも、どういう人かわからないと探しようもないかもですね。一度町をぐるっと回ってみますか? それでも見つからなかったら冒険者組合へ出向くのも良いかもしれないですね」

「冒険者なんてあるんだ!?」



 ルルは目を輝かせるが、リッテが首を横に振る。



「基本的に冒険者は未知の場所を捜索したりする職業ですからね。ルルさんには向かないかと思いますよ?」

「うっ……」



 ちょっと興味はあったものの確かにルル自身の運動能力は下の下も行けば良い方だった。場所の捜索だったら力になれることは何もなさそうだった。



「うぅぅ……、それなら諦める……」

「それがいいですね」



 そもそもルルは『無色の魔女』という役目があるために冒険者になることはできない。

 そういう裏事情も実はあったのだが、そのことにルルが気づくことはついぞなかった。


 マリウスという人を探し始めてから半日が過ぎる。

 さすがにそろそろ冒険者協会へと向かって手紙の配達を頼もうとする。


 すると、なぜか冒険者組合の前には巨大な男とその場に倒れる男達の姿があった。


 巨大な男の名前はクリフォード・カロライナ。

 ルルのことを探していた『赤の狂戦士』だった。



「ちっ、ここも雑魚しかいないのか。強い冒険者というから期待したのに」

「こ、こいつ……、強すぎる……」

「化け物め……」

「化け物、大いに結構。俺自身のこの力を表すにはちょうど良い言葉だ」



 クリフォードは両手を広げて強さをアピールしていた。

 すると、そんな彼と目が合ってしまう。



「お前は――」



 周りをキョロキョロとみるが、その視線は明らかにルルへと向いていた。



「私っ!?」



 さすがにルルにこんな大男の知り合いはいなかった。

 一瞬マリウスかとも考えたが、流石に面影すらない肖像を見せてくるとは考えにくかった。



「お前だな、魔女は」

「ひ、人違いじゃないでしょうか?」

「子供の魔女という情報だからな。お前であってる」

「わ、私、子供じゃないですよ!? どう考えても人違いじゃないですか!」

「まぁ、どちらでもいい。殺りあえばわかることだ! なぁ、『無色の魔女』様よぉ!」



 突如として一般人ですら感じられるほどにクリフォードの魔力が高まる。

 街中の人通りの多い商業区域近くでの出来事なので、至る所で悲鳴が上がっている。



「す、スライム君!!」

「ぷー♪」



 ルルやリッテを守るようにスライムが覆い隠す。

 ルルの魔力を受けて能力が強化されているとはいえ、スライムの能力は上級程度。

 『色環の賢者』の中でも最高威力を誇る『赤の狂戦士』の魔法を耐えられるはずもなく――。



「ぷぷー!?」



 クリフォードの火弾を一発受けただけでスライムは目を回してしまう。



「はーっはっはっ、スライム程度で俺の攻撃を防げるはずないだろ! 一番弱い火弾で十分だ!」



 まだクリフォードの手には火の玉が浮かんでいる。



「お前の実力を見せてみろ!!」

「だ、だから私は――」



 全く言葉の通じないクリフォード。

 そのままルル達に向けて火の玉を放ってくる。


 当然ながらルルにそれを防ぐ手段はない。



――受けたら絶対に痛いよね……。



 でも後ろのリッテを巻き込むわけには行かない。

 ルルは火の玉を防ぐように立ち塞がる。

 治癒魔法をかける準備をしながら――。


 きたる衝撃に備えてギュッと目を閉じる。



――……あれっ?



 一向に火の玉の衝撃がルルを襲ってくることはなかった。

 ゆっくり目を開けるとルルたちを守るように立ち塞がる色白の頬こけた、顔色の悪い青年が白い魔法の壁で火の玉を塞いでいた。



「ちっ、『白』か。俺の邪魔をするのか?」



――私たちを守ってくれると言うことは味方!?



 ルルの目に希望の光が見える。



『無色の魔女』かのじょは僕の獲物ものだよ。いくら『赤』きみと言えど渡すつもりはない」



 どうやら『赤の狂戦士』てきの前に現れたのは新たな敵マリウスだった。



――もう、どうしてこうもトラブル続きなのー!!



 ルルは心の中で叫ばずにはいられなかった。

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