第3話 魔石病患者

「ルルさん、大丈夫ですか?」



 食べ過ぎで寝込んでいたルルを心配して、リッテが水を持ってきてくれる。

 それに治癒魔法を付与して飲んでいたのだが、食べ過ぎにはまるで効果がなかった。



――こういうときは不便だよね。体力の回復にも効果がないし……。



 動くことすら億劫で、抵抗する間もなく天蓋付きベッドとかいう庶民が使うべきではないベッドに寝かされ、たまにリッテやマーサの攻撃なでなでを受けていた。



「さすがにしばらくは動けないかも……」

「それなら私が服を着替えさせてあげますね」

「それは自分でできるよっ!?」



 このままだと一生ここの部屋から抜けられなくなるような気がして、ルルは慌てて飛び起きる。



「うぷっ……、やっぱり苦しいかも」

「少し歩きますか?」

「それが良いかもしれないね」

「じゃあやっぱり服を――」

「だから私一人で着替えられるよ」

「仕方ないですね。今日のところは諦めます。まだまだチャンスはたくさんありますしね」



 リッテが部屋を出て行った後、ルルは着ていた服……、ではなく全く違う用意された服を着ることとなる。


 どこかのお嬢さんかと思えるフリルがたくさんついた白いワンピース。

 あとは恥ずかしがりのルルのために用意してくれたのか、すっぽりと顔を隠せるとんがり帽子。



「うーん、似合わない……よね?」



 流石にとんがり帽子は老婆からもらった黒ローブの方が合いそうだった。



「そうだ!」



 ルルは荷物が入ってる鞄から黒ローブを取り出して、ワンピースの上から羽織る。



「うんうん、魔女っぽい。これならいいね」



 高貴さも消えて、うまく人に紛れられそうな雰囲気がある。

 ここにスライム杖を持って、鞄を背負えば……。



「完成!」

「ルルさん、もう良いかな? って可愛いですー!」



 姿見を見ていたルルに飛びついてくるリッテ。

 それをサッと躱せるほどの運動能力もなく、思いっきり抱きしめられる。



「く、苦しい……」

「あっ、ごめんなさい」



 リッテが思いの外あっさりと離れてくれる。

 どうやら彼女も着替えてきたようだ。


 素朴な感じのシンプルな服装。

 とても動きやすそうでリッテにもすごく似合っていた。


 そこでルルはこれから散歩に行くのだと思い出す。

 明らかに御付きがついてそうなお嬢様風の自分と街に溶け込めそうなリッテ。


 どう見てもその格好の差はおかしかった。

 ジト目でリッテのことを見る。



「ルルさんはそっちの方が可愛いと思ったんですよ」

「服を持ってなかった私も悪いもんね。今回は我慢するよ」

「えーっ、毎日違う服を用意してあるんですよ?」

「それは却下で。明日には私が着てた服が洗い終わるよね?」

「むぅ……。それはそうですけど」



 どこか不服そうなリッテを見て、ルルはため息を吐く。



「たまになら良いよ」

「本当ですか!? 約束ですよ!!」



 ルルの手をぎゅっと掴んで言ってくる。

 その姿を見て早まったかな、と思ってしまうルルだった。







 街へ出るとまずリッテに案内されたのは、たくさんの屋台が並ぶ商業区域であった。



「嬢ちゃん、可愛いね。これサービスだよ!」

「ほらっ、もっと食べないと大きくならないぞ。これも持っていきな!」

「肉ばかりじゃなくてこれもどうだい?」



 一瞬でルルの手には肉や干し魚、パンなどが大量に渡される。



「あっ、お金……」

「そんなのもらえるかい!」

「嬢ちゃんが美味しそうに食べてくれたら、それで宣伝になるよ」

「ありがとうございます」



 お礼は言ったものの心の中では苦笑していた。



――もう食べられないのに。



 ただ美味しそうに食べてほしくてくれたものなのだから、とルルはもらったものを実際に食べてみせる。



「うん、とっても美味しいよ。ありがとう」



 ルルにお礼を言われて、幸福な気持ちになりながら皆屋台へと戻って行った。



「えっと、リッテ……。その……」

「わかってますよ。一緒に食べましょうね」

「ありがとう。はいっ!」



 リッテにもらったものを全て渡す。



「全部じゃないですよ!?」



 いくつかリッテから押し返される。



「ルルさんがもらったものですからね」

「うっ、そうだよね。うん……」



 頬が引き攣りながらリッテから肉の串を受け取る。すると、また新しく屋台の人たちが近づいてこようとしている。



「リッテ!」

「そうですね、行きましょう!」



 慌てて屋台の人ゾンビ群がる商業区域から早足で離れていく。







「はぁ……、はぁ……。は、早いよ、リッテ……」



 早歩きでしかなかったのだが、小柄なルルの場合だとほぼ走ってるのと同然だった。



「あっ、ごめんなさい。気づかなかったです」



 リッテが立ち止まってくれたので、ルルは息を整える。そして、周りを見渡すとどこか寂しげな住宅街が広がっていた。




「ここは?」



「ここは住宅街ですけど……、あれっ?」



 リッテも不思議そうに首を傾げる。

 商業区域ほど人は行き来しない場所ではあるが、それにしては静かすぎたのだ。



「いつもならもっと人がいるのですけどね?」

「何かあったのかな?」



 もしかすると何か病気でも広がっているのかと思い、ルルはジッと家々を眺める。

 しかし、アベルの時のような瘴気を発している家はどこにもなかった。

 ただ一軒だけ、黒ではないものの虹色に輝く魔力を発している家があった。



「なんだろう、あれ?」



 自然とその家へと足が引っ張られる。



「ルルさん、どこへ行くのですか?」



 不思議そうにリッテもルルの後ろを付いてくる。






 虹色の光を発していた家の前まで来た。

 側に来ればよくわかる。とんでもないほどの魔力が放たれており、目を開けているのも辛いほどだった。

 目を細めて辛うじて家を見るルルをリッテは不思議そうに見ていた。


 ルルが瘴気やおかしい魔力を感じ取ることができるだけで普通の人はリッテのように全く魔力が見えないのが普通なのだから。


 中に誰かいないのかと軽くノックをする。


 コンコンッ。


 しかし、中からは返事がない。



「誰もいないのかな?」



 でもそれにしてはこれほどの魔力が放たれているのは不思議だった。



 するとすぐに事情がわかる。

 隣の家に住んでいる老婆が手招きをしてルル達を呼んでいたのだった。



「あの……、どうされましたか?」

「あの家に近づいてはならん。あの家には恐ろしい病気に発症した少女がいるのじゃ」



 顔を青ざめ、本当に恐ろしそうに言ってくる。



「その病気はどうやら移るらしいのじゃ。絶対に近づいてはならん。わ、儂は伝えたからな」



 それだけ言うと老婆は家のドアを閉じてしまう。


 もしかしたらその病気の少女がいるから、住民街のほとんどの人が出歩かないようにしているのかも知れない。


 老婆はそのことを知らないルル達を不憫に思ったのか、危険を顧みずに教えに来てくれたのだろう。

 感謝の気持ちを伝えるために扉の前にポーションを置いておく。

 そして、再び病気の少女がいるという家の前へと行く。



「ルルさん、だ、大丈夫なのですか……?」



 リッテが不安に思うのも無理はない。



「一応危険があるからね。家の中には私一人で行くから――」

「わ、私も行きます……」

「ううん、リッテはもし私に何かあったときに人を呼びに行って欲しいんだ。あと念のためにリッテにもこれを渡しておくね」



 ルルはポーションをリッテに渡す。



「わ、わかりました。でも、ルルさんになにかあったら私……、私……」

「大丈夫。私もただで病気を移されに行くわけじゃないからね」



 にっこり微笑むと先ほどの家のドアノブに手をかける。

 鍵はかかっていない様子で簡単に扉が開いていた。






 中は良くある住宅だった。

 扉を開けたらすぐに部屋があり、その奥に厨房等がある。

 ただ、人の気配はまるでなかった。



「あの……、誰かいませんかー?」



 ゆっくり部屋の中を見て回る。

 部屋には小さなベッドと机が一つ、あとは本棚があるくらいで一人暮らしなのだろうと予想ができる。



「な、なんかお化けとかいそうなんだけど……」



 思わず身震いしてしまう。

 でもそんなものはいないと自分に言い聞かせながら更に部屋を見て回る。


 すると、よく見るとベッドがこんもりと膨らんでいることに気づく。



「あっ……、人がいたんだ……」



 少しホッとすると同時に無断で入ってしまったことを怒られるのでは、と別の恐怖に襲われる。

 しかし、ベッドの人が何か言ってくることはなかった。


 なぜならそこに置かれていたのは不思議な一人を発する謎の石だったのだから――。



「これって石……? なんだか人のようにも見えるけど……?」



 でも、光を発している原因がこの石であることもわかる。



――もし石なら効果はないよね? でももし人だったら大変だもんね。



 ルルは迷うことなくその石に対して治癒魔法を使う。

 すると、ルルの予想が当たっていたようで、その石が発している魔力が収まっていき、次第に石のように硬くなった皮膚は人の柔らかさを取り戻していくのだった。



「あ、あれっ? わ、私は?」

「よかった。無事に治ったのですね」

「あなたは?」

「私はルルと言います。ただのルルです」

「タダノ・ルルさんですね。私はミーシャ・マルセスです」



 起き上がろうとするミーシャを慌てて止める。



「まだ起きないでください。さっきまで石だったのですから」

「で、でも……」

「何かあるなら代わりに私がしますから」

「そ、それじゃあ手紙と筆を取ってくれませんか? マリウスに手紙を書きたいのです」

「いいですよ。ちょっと待っててくださいね」



――無事に治った報告をしたいのかな?



 微笑ましいその様子にルルもなんだか嬉しくなる。



 そして、手紙を書き終えたミーシャがルルに言ってくる。



「この手紙をマリウスに渡してくれませんか? その……、私はもう無事だと――。きっと今も無茶してると思いますから」

「いいですよ。マリウスさんがどこにいるかわかりますか?」

「えっと、あまり行き先を言わない人なんですよね。でも、この町のどこかにはいるはずです。見た目は――」



 ミーシャはマリウスと思わしき人物が書かれた肖像画を見せてくれる。



「この人がマリウスです」

「すごく格好いい人ですね」

「えぇ、私の自慢の彼氏さんなんですよ」



 ミーシャは照れながらも嬉しそうに言う。



「わかりました。確実に届けますからミーシャさんはもし体調に異変を感じたらこの薬を飲んでくださいね」



 最後のポーションをミーシャに渡す。

 これで薬瓶が一本もなくなってしまった。



――また買いに行かないとね。

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