第2話 それぞれの思惑

 カラザフ領主――ドルジャーノ・カラザフ伯爵はたくさんの問題を抱えている男だった。


 剣の腕はなく、魔法もろくに使えない。

 かといって知識があるわけでもなく、人望もない。

 恰幅は良く、背は小柄でお世辞にも格好いいとは言いがたい。

 性格が貴族らしくなく温厚なのが唯一の取り柄のような人間だった。


 父親の威光だけで領主の椅子に座った男。

 それが周囲のドルジャーノに対する評価である。


 ドルジャーのはこのままではいずれ降格させられるのでは、と不安で仕方なかった。


 何か大きな手柄を立てて今の地位を盤石なものにしたい。

 そんな時に耳にしたのが『無色の魔女』の噂であった。


 本来はあり得ないはずの七人目の『色環の賢者』。


 第二王子の病気すら治してしまい、王の覚えもいいという話も聞く。


 しかし、その姿はまるで霞がごとく。

 人々を癒やし終えると、元々いなかったかのように消え去ってしまうのだ。


 つまりは誰の下にも付いていないと言うことに他ならない。


 カラザフ領には同じ『色環の賢者』たる『白の魔法使い』がいるが、この男はただ居着いているだけで、別にドルジャーノに従っているわけでもない。


 元々『色環の賢者』は自由を認められている。

 その上で誰かの配下に付くという選択をした場合、選ばれたものの評価がうなぎ登りに上がる。

 貴重な七人目ともなればその効果は計り知れなかった。


 問題は実在しているのかが怪しいこと。

 そんな時、『無色の魔女』が我がカラザフ領へと来たという報告を受けたのだった。


 門兵がかの御仁に身分証を求めると『透明のエンブレム』を見せてきたらしい。


 自由の象徴、何者にも縛られないという意味を持つ鷹。

 最強の力を持つという意味を持つ剣。

 色を冠しているという証に、それぞれの色に染められている世界にたった七つ敷かないと言われているエンブレムである。


 もしこれを偽造しようものならバレた瞬間に極刑は避けられない。

 それを堂々と見せてきたということはまず間違いなく『色環の賢者』ということだった


 しかも透明色のエンブレム。

 これを持っているのは『無色の魔女』ただ一人である。


 ただ、問題もあった。


 『無色の魔女』はすでに第二王子アベルの庇護下にあるらしい。

 小心者の領主であるドルジャーノは、敢えて王族と対立してまで『無色の魔女』にちょっかいを掛ける度胸はなかった。

 それでも彼女に良くすれば王族の覚えが良くなるかも知れない。



「そうだ、『無色の魔女』を我が家に招いて盛大なパーティを開くのはどうだろうか?」



 名案とでも言いたげにドルジャーノは笑みを浮かべていた。


 『無色の魔女』たるルルが人前に出るのを嫌っているという情報を知っていたら、パーティに呼ぶなどと言う彼女が絶対に嫌いそうな行いをするはずもなかったのだが。



「よし、日程を抑えたら彼女が泊まっている宿を探すぞ!」



 カラザフ領主ドルジャーノ。

 とことん空気が読めないことでも有名な男であった――。




◇◆◇




 色環の賢者の一人である『白の魔法使い』マリウス・スノーバッハはとある目的のためにカラザフ領に留まっていた。



 魔石病――人が魔力のこもった石である魔石になってしまう奇病で、体の一部から始まって次第に全身に及んでしまう。一度かかってしまうと治ることのない不治の病であった。

 主な原因は限界を超えて魔法を使ってしまうこと、と言われているが詳しいことは何もわかっていない。


 そもそも魔石は魔物が当たり前のように体内に持っているもののため、他に原因があるのでは、と言われていた。


 その魔石病の治療法を探してマリウスはこのカラザフ領に留まっていたのだ。

 留まる場所はどこでもよかったのだが、この町にはその昔、魔石病の患者が治ったという伝承が残されていたのだ。


 ただ、その原因が解明されていなかった。

 そのために、この近辺に何かしらかの病気に効くものがあるのでは、と研究をしていたのだった。


 自身の身を削って常に研究。

 ほとんど人とも会わず引きこもっていた結果、整った顔立ちは頬が痩せこけ、美しかった白銀の髪は長くボサボサになっていた。

 服もずっと同じ白ローブを着ており、目には隈ができている。


 それでも魔石病を調べる理由が彼にはあった。


 恋人が魔石病によって、ほぼ全身が魔石化してしまったのだ。

 彼女に残されている時間はあと少し。


 治療法もない魔石病を解析するには時間はいくらあっても足りなかった。

 睡眠や食事といった無駄を極力省き、研究に明け暮れる日。

 それでもまるで治療法がわからなかった。



「こうしている間に彼女は苦しんでるんだ……。なんとかする方法はないのか?」



 焦りによりまともな判断ができなくなっていたタイミングで、七人目の『色環の賢者』が誕生した報告を受ける。


 本来なら聞き流すはずのマリウスだったが、どうにも彼女の『魔法』が気になった。



「無色の魔法? 報告では傷や病を治す魔法ということだが、もしかすると魔石病にも効果があるのか?」



 可能性がわずかにでもあるならば、とユリウスはいつぶりからか、久しぶりに家から外に出る。

 目的はもちろん『無色の魔女』ルルと出会い、彼女の魔法を聞き、あわよくば魔石病の治療に当たってもらうこと。


 もし断りでもするようなら、彼も色環の賢者と呼ばれるほどの実力者。

 実力行使も厭わないつもりだった。




◇◆◇




 『赤の狂戦士』クリフォードは苛立ちを隠しきれなかった。


 新しく『色環の賢者』として認定された『無色の魔女』ルル・アトウッドに勝負を挑むために王都にまで足を運んだのだが、そこに彼女の姿はなかった。

 そもそも『無色の魔女』という名称を知っている人間がほとんどいないせいで足取りもまともに掴むことができない。


 霞がごとく消えてしまった彼女。

 しかも実在すら疑われてるときたものだ。

 無色という色も相まって隠密能力に長けた人物なのだろう。


 もしかすると、あいつ以外に自分が本気を出せる相手かも知れない、と期待していただけあって、その落胆も相当なものだった。


 怒りを側にいた魔物にぶつける。

 拳に炎の魔法を纏わせて思いっきり殴りつける。

 その瞬間にその魔物は跡形もなく姿を消していた。



「どこに行った、無色の魔女!!」



 周りに誰もいない街道の中、クリフォードの声だけが響き渡っていた。




◇◆◇




 ようやく町の中へ入れたルルはなんだか嫌な悪寒を感じて身震いしていた。



――誰かが私の噂でもしてたのかな? ってそんなことないよね。この世界で私のことを知ってる人なんてほとんどいないのに……。



 気を取り直して町を見る。

 大通りには様々な色の石畳が敷かれている。

 門から入ってすぐにいくつもの商店が建ち並んでいる。



「あっ、うちはここなんですよ」



 リッテが指差した先にはそれなりの大きさを持つ商会があった。



――うん、場所は覚えたよ。



 看板に何やら文字が書かれているが、それは読めないので場所だけで覚えるしかない。

 それでも目立つ建物なので一度見てしまえば間違えることはないだろう。



「そうなんだ。じゃあここで――」

「せっかくですからルルさん、今日は泊まっていきませんか?」



 リッテがまるで名案とでも言いたげな提案をしてくる。



「えっと、いいの?」



 ルルとしては宿代がかからない方が助かるのだが、ここまで案内して貰った上にそこまで甘えてしまって良いのだろうか、と考えてしまう。


 しかし、リッテは笑みを浮かべながら答える。



「もちろんですよ。ここを第二の家だと思っていくらでも泊まっていってください! ねっ、いいよね、お父さん、お母さん?」

「ふふふっ、もちろんですよ。好きなだけ泊まっていってくださいね」

「少し騒がしいかも知れないですけど、それで良かったらいくらでも」

「ありがとうございます。助かります!」



 こうして、カラザフ領にいる間はリッテの家にお邪魔することが決まったのだった。

 お金の心配をして受けた申し出なのだが、これが結果的に領主からの襲撃パーティしょうたいを防ぐことになるのだが、そのことにルルは気づいていなかった。



「ルルさん、一緒にお風呂入りませんか?」

「私は一人でいいよ」

「みんなで入った方が楽しいですよ」

「私は一人で……」

「お背中お流しします」

「私に拒否権は?」

「じゃあ行きますよ!」



 リッテに背中を押されて、強制的に風呂へ連れて行かれる。

 あまりの恥ずかしさにそこから先の記憶は朦朧としている。


 気がついたら服を脱がされ、背中を洗われ、湯船につかって脱衣場に戻ってきたと思えば「貴族の娘か」と言わんばかりの豪華な寝間着が用意されていたのだ。



――あれっ? 私の一張羅は?



 あれも部屋着なので、ルルとしてはむしろあちらの方が居心地が良かった。

 高くて新品のような服。もし汚してしまったらお金を請求されるのだろうか、と考えると気が気でならなかった。







 風呂を上がったルルを待っていたのは強敵との戦いゆうしょくだった。


 テレビでしか見たことのないような長テーブルに置かれた料理の山々。



「何がルル様のお口に合うかわかりません出したので、多種多様な料理を用意させました。お好きなものをお好きなだけお召し上がりください」

「あ、あははっ……」



 ルルは苦笑を浮かべるより他なかった。


 病院で過ごした時間が長く、苦しさからまともに食べられなかったこともあるルルは、食べられることに感謝して出されたものを全て食べようとする癖があった。


 勿体無いの精神である。


 少食のルルは普通に出された料理なら多少無理をすれば、食後の自由を犠牲にして食べ切ることができる。


 普段の料理が中ボスだとしたら目の前に置かれている料理の量はラスボスや裏ボスといったところだろう。


 こんな強敵と戦えば自分も満身創痍になるだろう。

 それでもリッテたちに向けられている笑顔という呪いからは逃れることができない。



「い、いただきます……」



 覚悟を決めたルルは暴虐な魔物たいりょうのしょくじとの戦いに挑むのだった。


 結果はもちろん大敗で食べ過ぎで動けなくなったルルは丸一日、身動きが取れなくなってしまうのだった――。

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