第10話 密談

 ミーシャの家にたどり着くとマリウスが頭を下げて謝ってくる。



「ごめんね。僕がもう少し気を遣っていれば君をあんな目に遭わせることもなかったのに」

「そ、そんな……、私の方こそありがとうございます。あそこでマリウスさんが来てくれなかったら一体何をされてたか……」



 今まで治癒魔法しか使えなかった自分が狙われるなんて夢にも思わなかった。



「本来君を狙う人なんていないんだけどね。そんなことをしたらその後が怖いからね。でも君は堂々と権利を主張してないからその弊害もあるかな?」

「うっ……」



 確かにルルのことを『色環の賢者』の一人だということが知れていたらこんな騒動にはなっていなかった。

 そういう点ではルルにも反省点があるかも知れなかった。



「とにかくこの点は僕の方から商店と領主に抗議してくるよ。早い方がいいから今から行ってくるね」

「ご迷惑おかけしてすみません」



 ルルはしおらしく謝る。



「気にしなくていいよ。このくらいでも返しきれないだけの恩を受けてるからね」



 マリウスが部屋から出て行き、ミーシャと二人きりになる。



「大丈夫?」



 ミーシャが暖かい飲み物を用意してくれる。



「ありがとうございます」

「いいのよ。突然襲われたら誰でも怖いわよね」

「はい……。私……、何もできませんでした……」

「魔女さんが何でもできる必要はないのよ。頼るところは人に頼れば良いの。私もマリウスも魔女さんに助けて貰ったでしょ? できないことはできる人に頼むと良いのよ」

「そ、それでいいのでしょうか?」

「だってできないんだから仕方ないわよ」



 ミーシャの屈託のない笑みを見ているとルルはなんだか救われたような気がする。



――確かに私自身は治癒魔法が使えるだけのただの子供だ。これから旅を続けるなら頼りになる仲間も見つけないといけないかもしれないな。



 誰か一緒に旅をする候補がいないかを考える。

 まずルルが最初に思い浮かんだのはエリオだった。


 王都まで一緒に行った仲でまるで兄弟のような居心地の良さがあった。

 問題は彼の妹が病弱なのであまり長旅はできないこと。

 残念ながら旅して見て回るのに一緒には来てくれないだろう。


 次に思い浮かんだのは騎士団長アルタイルだった。

 強さに関しては最も申し分ないであろう。

 けど、堅苦しい旅になりそうだなと却下する。


 そして、最後に浮かんだのはアベルだった。

 でもすぐに消える。

 大木ぶら下がり事件は未だにルルの仲で尾を引いていたのだ。



 結局知り合いでは誰も候補がいなかった。

 自分の知り合いの少なさを嘆きたくなる。


 いないならこれからの旅でそういう一緒に旅をしてくれる人を探すしかないだろう。



「人を探すのはどこ行ったら良いのかな?」

「職業斡旋所がそうなるのかな? でも魔女さんが『無色の魔女』って知られると一人の時よりも騒動が起きると思うわよ」

「うぅぅ……、前途多難だ……」

「ゆっくり探すしかないわね」

「そうだ、『無色の魔女』ってことを隠して……」

「それが今回の事件を引き起こしたんですよね?」

「……はい」



 やはり、知り合いを増やして付いてきてくれる人がいないかを探すしかないようだった。







 領主邸。

 客間に座るドルジャーノ伯爵は緊張のあまり冷や汗をかいていた。

 それもそのはずで彼の向かいに座るのは、かの『色環の賢者』の一人である、変人マリウスだった。


 しかもどういうわけか怒りで機嫌が悪そうである。

 魔法の一つでも使われたら自分なんて一瞬で消し飛んでしまう。

 その恐怖から真っ青な表情を浮かべていたのだ。


 何もした覚えがなかったドルジャーノはそれでも『知らないうちに何かしたのではないだろうか』と直近の行動を思い出していた。



――ま、まさか『無色の魔女』を探したからか!? し、しかし、手を出すわけでは無くパーティに誘おうとしただけなのだが。



 でも相手が自由人、『色環の賢者』であることを考えたら何が虎の尾に触れたのかわからない。

 もしかすると、『無色の魔女』と接触すること自体がダメであった可能性がある。


 ならドルジャーノ自身が今できること。それは必死にこびを売ることだけだった。



「僕がなんでここに来たのかわかっているかい?」

「い、いえ、皆目見当もつきません。私になにか用があったのですか?」

「話はこの町に来ている『無色の魔女』のことだ。彼女は僕の友人でね」



――やはり『無色の魔女』絡みなのか。



 それなら自分にできることは……。



「も、申し訳ありません。わざわざこのカラザフ領に来ていただいたのですから、当館で歓迎のパーティでも開こうと思ってただけなんです。決して、決して、『無色の魔女』様を怒らせようとしていたわけではないのですよ」

「それは本当かい?」

「もちろんにございます」

「そうか……。なら商会側の暴走かな?」

「はぁ……」



 ドルジャーノは訳がわからずに口から言葉が漏れる。



「ゴーツク商会は領主公認の商会だったし、彼らがトラブルを起こしたら当然ながらそれは領主のせいだよね?」



 ゴーツク商会はドルジャーノにたまに新商品を持ってきてくれたりとかなかなか好意的な行動をしてくれていたので、ドルジャーノも領主お抱えの商会として認めていたに過ぎない。



「ま、まさか彼らが『無色の魔女』様になにかしたのですか!?」

「あろうことか彼らは『無色の魔女』を誘拐しようとしたんだ。たまたま僕が通ったから大事には至らなかったが、もし彼女の身に何かあったらどうなっていたと思う?」



 彼女の背後には第二王子がいる。

 そのことはドルジャーノですら知っていることである。


 つまり王子を守る騎士団。いや、下手をすると王国軍すら動くかも知れない。 その標的は商会だけに留まらず、領主まで及んだかも知れない。


 そのことを考えると思わず身震いをしてしまう。



「わ、私はどうすればよろしいのでしょうか? ど、どうやって魔女様に謝れば――」

「だからこうして僕が来たんだよ。これでも彼女は僕の友人で、色々と話を通せるからね」

「そ、それはありがたいです」

「でも、さすがに彼女を危険にさらした商会をそのままに……という訳にはいかないだろう?」

「もちろんです!」



 ドルジャーノはすぐに机に置いていたベルを鳴らす。

 するとお抱えの執事が姿を見せる。



「ドルジャーノ様、どうされましたか?」

「ゴーツク商会の会長を呼べ! 今すぐにだ!」

「はっ!」



 執事はすぐに部屋を出て行く。



「僕も一緒にいて良いかな?」

「もちろんにございます。是非一緒にいてください。そして、私に『無色の魔女』様と敵対する意思がないことをお伝えいただけたらと思います」

「君の対応を見て考えさせて貰うよ」



 マリウスの反応を見て、ドルジャーノは首の皮が繋がったと安心したのだった。







「これはこれはドルジャーノ様、わざわざお呼びいただけるとは。一体何がご入り用でしょうか?」



 かなり恰幅のいい男が部屋に入ってくる。

 この男こそがゴーツク商会の会長であるアルバラン・ゴーツクである。

 ニマニマと笑みを浮かべながらごますりをしていた。


 今までのドルジャーノならこの態度に騙されていたのだが、今は全くと言って良いほど惹かれるものがなかった。


 一切表情を変えること無く冷たい視線をアルバランへ向けていた。



「単刀直入に聞かせてくれ。お前は『無色の魔女』様に一体何をしようとしたんだ?」

「『無色の魔女』様……でございますか? 一体そちらの方は誰なのでしょうか?」



 一応『色環の賢者』に『無色の魔女』が加わったという情報は王都で伝えられている。

 まだ知らない人間がいてもおかしくはないものの、情報が命である商人がそれを知らないとは考えにくい。


 つまり『無色の魔女』にしたことを誤魔化そうとしているのだと理解できた。

 そして、ここまで何も喋っていないマリウスがより恐怖を引き立てていた。



「本当にしらないのか? 『無色の魔女』様を!?」

「えぇ、もちろんでございます。そのような女子は知りません」

「ちょっと待て。どうして『無色の魔女』様が子供であることを知ってるんだ?」



 マリウスが口を挟むとアルバランは驚きの声を上げる。

 マリウスのことはせいぜい側仕え程度にしか思っていなかったからだ。



「だ、誰だ貴様は!」

「僕のことも知らないのかい? 僕は『白』だよ。『無色』の友の……」

「し、白? ま、まさか『白の魔法使い』!?」

「おや、しっかり知ってるじゃないか」

「ど、どうして、貴様……、いえ、あなた様がこちらに?」

「『無色の魔女』は僕の友人なんだよ。それが僕の家に遊びに来る前に襲われたとあっては口を出さずにはいられないでしょ?」



 マリウスの表情に冷たさが宿る。

 そのことを聞き、アルバランは口を噛みしめていた。



「グーズのやつめ。余計な首を突っ込みやがって――」

「どうかしたのですか?」

「いえ、何でもありません。それよりもどうして私めとその『無色の魔女』様が繋がってくるのでしょうか?」

「彼女を攫おうとした犯人が貴方の息子、確か名前はグーズ・ゴーツクだったかな? 彼だったからだよ」

「な、何かの見間違えでは? 『白の魔法使い』様は研究でお疲れのご様子。人の顔の見間違いくらいあってもおかしくないでしょう。今なら疲れの取れる強壮薬を――」



 その言葉を聞き、マリウスは思いっきり机を叩く。



「ひぃぃ……」

「多少の軽犯罪なら僕は関与しないつもりだったんだよ。この町も人も僕は興味がないからね。でも、『無色の魔女』に手を出すとなったら話は別だ。今すぐ跡形も無く消えるか、商会ごと取り潰されるか好きな方を選べ」

「そ、そんなことをされたら私たちはどうやって生きていけば……」

「知らん。先に手を出したのはお前達だ。『色環の賢者』に手を出すと言うことはこういうことだと知られているな」

「ドルジャーノ様……、私は何も知らなかったのでございます。せめて、せめてものご慈悲を――」

「アルバラン、まだマリウス様が手を下されてないことが慈悲なのだよ。この件は下手をすれば領地すべてが消滅してもおかしくないことであった。君は本当に手を出してはいけない方に手を出したのだよ」



 最後の希望でもあった領主にも見放され、アルバランはがっくりと肩を落とすのだった。

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