第33話 水魚之交

 水魚之交。離れることができない、親密な間柄や交際等のたとえ。水と魚のように切っても切れない、とても親しい関係のこと。

 袖を捲り、腕を出し、手の甲に鋏を当て、とても薄く切り、水が満タンに入っているボウルに手を入れる。息を吸う。

『森羅万象乃人間魔デ制シ此清廉潔白乃世ヲ映シ出シ給』

 そう飛逹が唱えた瞬間、龍が横を過ぎ去ったかのような強い風が下からふき、無色透明であった水が黄金に光り出した。

「嘘だろ…魔力が…ある…!?」

 先程の呪文は周囲に魔力があるかどうかを確かめるもので、あれば水が黄金に光る。索敵時によく使うものであった。

「とすればこの世界には…!!」

「そう、この世界には…魔力があるんだよ」

 凛とした、芯のある声が響いた。

 俺は、口が悪いのが嫌だった。どれだけ直そうとしても、いざ話すと口から出てくるような相手を突き放す言葉ばかり。

 突き放すと相手は当然ながら離れていく。そして、元々人間関係に執着を人よりは持っていなかった為に、その相手を忘れる。その所為で知り合いなんぞ一人もいなかった。

 親は俺が十歳の時に殺された。連続殺人犯から俺を命をかけて守った。らしい。十歳の時の記憶ならば覚えていそうであろう。しかし俺は医者曰く、事件のショックで記憶が飛んでいるらしい。

 そりゃあそうであろう。ものが分かる、目の前で親が殺されたのだなんて一発で分かる年頃なのだ。記憶が飛ぶレベルのショックを受けても何ら不思議では無かろう。

 そんな世間では「可哀想」という分類に分類されるであろう俺に、初めて俺の口の悪さでも引かなかった人物がいる。それがユーゴーだ。

「久しぶり、ヒタツ」

「ゆー…」

 飛逹は目を目玉が飛び出そうな程に開き、口は半開きで、声に鳴らないような、消え入りそうな、否、消えていると言っても過言では無いほどのか弱い声を出した。

「ごめんね」

 飛逹は気づけば涙を溢していた。飛逹の涙は大雨の後の川の流れのように濁流で、汚れを流していた。

 ユーゴーはゆっくりと飛逹に歩み寄り、飛逹を思い切り、しかし我が子を抱き締めるかのように優しく包み込んだ。

「嘘だ…ユーゴーは死んだ。死んだ。」

「嘘じゃないよ。だって、ヒタツも生まれ変わったんでしょう?」

「嘘だ…だってオネェ口調じゃねぇもん…」

「おい、アンタねぇ、こっちは感動の再会にさせてあげようとしてるのに、アタシがこれだったら崩れるでしょうが!」

「ユーゴーの馬鹿野郎…お前どうやって家に入ってきたんだよ…不法侵入で警察呼ぶぞ…」

「えぇ…?離れ離れになっちゃうわよ?」

「…だめ」

「よねぇ」

ユーゴーは飛逹の頭に顎を乗せ、飛逹はユーゴーの鎖骨の辺りに顔を埋めた。

「今度勝手に死んだら殺す」

「追い討ちやめてよ。道徳心無さ過ぎてアタシ泣いちゃう」

「知るかよ」

「あら、皆んなの王子様の飛逹君がそんなこと言って良いのかしら?」

「俺のこと知ってるのか?」

飛逹がそう言うとユーゴーが吹き出した。

「知ってるも何も、アンタ駅に写真とか貼ってあるじゃない。それで知らなかったらヤバいわよ。それよりも飛逹が恋愛ドラマに出るとはねぇ…」

 恋愛ドラマ。恋愛…ね。

「ヒータツ…アタシがレクチャーしてあげようか?」

「良い…もう良いから」

「あら、そう?」

「だから…手合わせしようぜ?」

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