人間らしく

第30話 人間らしく

 どうやら、俺は、まだ、人間だったらしい。

「奏多…」

涙が溢れた。どうやら俺は、家の裏で、大雨の中倒れていたらしい。右頬に、コンクリート特有の冷たさが残っている。

「飛逹、どうしたんだよ!」

「…振られた」

「は」

奏多は呆然として、立ち尽くした。

 マズイ、そう思った。汗が垂れ落ちた。飛逹が、恋愛に対して苦手意識を持っているのは、実は小学生の時から分かっていた。小学三年生の頃の、土曜参観の時である。その日、珍しく撮影の無かった飛逹は、土曜参観に出席していた。そして私も勿論、見に行った。その時見たのは、年相応の笑い顔、声、交友関係、喋り方、そして恋バナ。

 正直安心した。ただでさえ子役、と、なかなか珍しいのに、更に大人びた性格。本当に小学生に馴染めるのかと、不安だったからだ。

 然し、馴染めているのが分かったのと同時に、飛逹が恋愛に苦手意識を持っていることも分かった。

 何故か。飛逹は元々感情の起伏に乏しい子、であった。けれどもずっといると違いが分かるもので。他の大人や子供は、恐らく、いや、確実に分かっていなかっただろうが、とても嫌そうな顔をしていた。だからである。

 そんな飛逹のはじめての恋愛番組主演。そして、初めての男友達。そして、偽であるが、初めての恋人。飛逹は、毎日、少しづつ、恐らく通常の知識には、何年経っても追いつけないのだろうがらそれでも進歩していた。

 そんな最中での、これ。振られた。つまり、恋愛関係。そして、日頃から体調管理が大人以上に上手い、そんな飛逹が大雨の中、家の裏で倒れている。つまり、緊急事態。

「飛逹、取り敢えず家の中に入ろう。後…一緒にお風呂入ろっか。久しぶりに」

 家の中に入っても、沈黙、風呂に入っても、沈黙。最早、この家の中に何者も存在しないように思えた。

「それで、何があったんだ」

 リビングのソファで飛逹の横に座りながら聞いた。

「振られた」

「薫科哉君に?」

「…」

「正解ね」

 俺は思わず溜息をついた。

 さいっあくだっ!!!!

「皆んなこうなの」

 凹んでいるのは飛逹が、恋愛に絶望したからだ。この発言で、ハッキリと分かった。

 飛逹にとっての恋愛は、他の人間にとっての、大富豪と、同じようなものだ。ただ、同じなのは、憧れているかどうかではなく興味を持っているかどうかであった。

 大富豪が、どのような生活を送っているのか興味を持つのと同じように、恋愛をしている人はどのような気持ちでいるのかに、興味を持っていた。

 その、筈だ。

「皆んな、こんなことできるんだ」

 恋愛は、汚いものであるが、その汚さを輝かしさで帳消し、超過する、美しいものであるのだと、感じていた。

 小説を読む度、恋愛は美徳のような存在として扱われ、していなければ異常であるとされていることに、いつも、疑問を感じていた。

 所詮人間の感情。気分によって変わる。そのような不安定なものに、身を委ねて良いのだろうかと、いつも考えた。

 けれども、あまりにも美徳とされている恋愛を疑問視することは、とても出来なかった。

 なのに。なのに。

 人間は、美徳というのを履き違えている。その途端、怒りが湧いたのだ。

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