第29話 戦闘狂の夢

「申し訳ございません」

 締め切ったカーテン。何もない空間。月の光も無く、電灯もない空間。そこでヒタツが水晶に向かって話した。

「…大丈夫ですか」

「大丈夫です」

「大丈夫ではありませんね。帰ってはいかがですか。此処へ」

「心配ありません。必ず仕事は」

「これは、一個人としてです。休みましょう。そんな言葉足らずなことを言われ、独りになるのは、精神的に悪いです」

ヒタツが微笑んだ。

「大丈夫ですよ。俺は」

そう。大丈夫なのだ。何も心配いらない。寂しくなんかない。

「もう、慣れましたから」

俺は全てを失った。財産など、そういう問題ではなく、人間としての大切なものを失った。

「ヒタツさん!」

ヒタツは水晶を黒い布で多い被した。

 もう邪魔をする人は一人もいない。これで、口調を気にしないで済むし、会話もしなくて良いし、みんなに合わせなくてもよい。

 だから、良いのだ。これくらい。なんてことはない。

「そう、なんてことないんだよ」

 七月十一日。ルカ・フィアーが国際最重要指名手配、白凪 瑆が指名手配、ヒタツ・クローウィンが国際最重要魔術師に任命、エリカル・ソレーフィアが行方不明。傍に正体不明の薄い板のような物があり、重要なのは手掛かりとして研究開始。ヒタツ・クローウィンがドイタニア帝国から帰国。

「ヒタツ様、アジアで反魔術師の暴走です」

「等級は?」

「準一級程度かと」

「一級術式を二人、送り込んでください」

「了解致しました」

補助官が頭を下げ、部屋から出ていった。

「アジア、ね」

ヒタツは蒸したタオルを目元に乗せた。

 あれから三ヶ月が経っていた。三ヶ月。ルカと瑆は未だ行方不明で、エリカル女王も行方不明。ユーゴーはまだ意識が戻っていない。

 独り。本当に独りであった。周りに信頼出来るものは何も無い。忠誠を誓う部下は山のようにいるが、ヒタツにとってはゴミであった。

 そう、ヒタツを部屋から出さなかったのだ。ルカと瑆の失踪事件から、魔連は慎重になっているのだ。ヒタツもいつ失踪、行方不明になるのか分からない。その為にも、部屋に軟禁しておかねば、と。

 馬鹿げている。ヒタツは転移、分かりやすく言うと、瞬間移動ができるのだ。物質も影に沈み込む為、何ら問題なく突き抜けて通れるのだ。

 けれど、ヒタツには魔連に歯向かうほどの、体力は残っていなかった。毎日のように襲い掛かる、悪夢。それによる不眠で体調不良。いくら最強、と言ってもそれは回避できないのだ。

「ヒタツ様。ユーゴー様の所へ行かれませんか?」

「仕事は…?」

「ありません」

「行く」

ヒタツは椅子から立ち上がり、上着をハンガーラックから取り、羽織って部屋から出ていった。椅子が回転していた。

「ユーゴー、久しぶり。一週間ぶりだね」

ヒタツは椅子にどかりと座り込み、ユーゴーの手を優しく握った。鳥の鳴き声だけが鳴り響いた。

「疲れた…」

ヒタツは上半身をベッドに預けた。

「なんか、寝れそう…かも」

久しぶりの、浮遊感。眠りに着く前の、自然とした、瞼の下がり方。気絶する時のような、意識がいきなり無くなるのではなく、ゆっくりと意識が無くなる。無くなる。無くなった。

「飛逹。お前、どうしたんだよ!」

 夢。

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