第18話 嵐の前の静けさ
雨が降っている。雨粒がアスファルトに衝突し、形を変え、跳ねる。車は、タイヤから、まるで水を噴き出したかのように水を弾く。傘は防水加工で水が染み込まずに、滝のように水が流れている。
そして、飛逹は絶望感に打ちのめされていた。初めてできた、心を許せる、本当の同級生であると感じられる友達。いや、恋人、いや、やはり親友。それからの拒否。あの後、飛逹は薫科哉から逃げた。図書室から出て、廊下に出て、走って、下駄箱で靴を履き替えて、逃げて、逃げて、逃げて。けれども薫科哉は必死になって飛逹を追い掛ける。
そんなにもする理由は何なのだと、何回も心の中で彼に問うた。お前が俺を不必要であると言ったのであろう、と。薫科哉のような人間が、自分の近くにいなかった飛逹は、親友=目的が一緒なビジネスパートナー、であった。
未だ、普通に親友として話している分には良かった。しかし、普通の親友とではない関係として話しているのは、本当にそれであった。
俺は貴方にこれをお願いしたい、だから僕は貴方にこんなことをします。それは彼のお得意技であった。
前世で7歳くらいの頃、スラム街に迷い込んでいた。しかしそこにはアルコール中毒で、アルコール臭が常にしているもの。クスリ、所詮違法ドラッグというものをして、頭の様子がおかしくなっていたもの。話の論点は直ぐにズレるし、いきなり「あそこに城が!」などと言ってバカを言う。そんな、通常ではない…まぁ、このご時世、通常、といえば、「人によって通常は違うのだーー!」などとお叱りを受けるがこの際は無視しよう。何故なら、それは今が緊急事態だからである。
「…あぁ…元の世界に戻りたい…」
戦闘狂が、復活しようとしているのだ。
飛逹にとって、戦闘、とは、考え事を全て無くす為の道具、であった。城へ戻る毎に行われる宴、つまり、飛逹に対する貴族共のお見合い。何が何でも自身の娘を飛逹の嫁にするための宴である。その度に飛逹は、肩書きの為に自分を得ようとする人間たちに、愛想良く振る舞わなければならなかった。
気持ち悪い。この感情しか抱かなかった。だからこそ、戦闘というのは、命ギリギリで戦い、殆ど脊髄反射で動く為、何も考えずに過ごせる最高の時間であったのだ。血塗れになっても、それを拭かずにただただ敵に向かって進み、殺す。周りは血の海であった。戦闘中とは不思議なもので、そんな状況を見ても、気持ち悪い、とも、苦しい、とも、怖い、とも、何とも、思わなかった。ただただ、「自分が殺した」という事実が目の前にあるだけで。それ以上でもそれ以下でもなかった。そう、なんの感情も抱くことが無かった。例え女性を殺しても、子供を殺しても、何も殺しても、それらは全て「殺すべきモノ」であると見ることしかできなった。
そして今飛逹は、それを欲していた。何も考えずにいられる時間が欲しい。命を擦り減らす、あのスリルが欲しい。もしくは…前世で出来た戦闘狂仲間が欲しい…。一般人、そう、町で物を売ったり、作ったり、買ったりしている人々からすると、恐ろしい、異常だ、と言われるようなそんなある一種の感情を心の中に抱いている自分を受け止めてくれる。いや、そういう感情を持っている奴等。決して今のような、前世よりかはマシな、平和の多い世界、そしてその中の平和の位置に位置する日本では到底誕生しないような奴等を今、飛逹は欲していた。もしかしたら戦闘よりも欲しているかもしれない。彼らは戦闘狂、という接点しか無い為、戦闘が無くなれば何の接点も無い人達であるが、それでも、欲していた。薫科哉とは違う、心の奥底の、誰にも明かしたことのない、真っ暗な精神の核を、知っている奴等を。
あれは…十六歳の時だ。
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