第17話 止めにしよう、理解するのは

 演陵 飛逹は云うならば「人外」である。

 飛逹は、幼少期からずっと変な子だった。みんなが遊具で遊んでいる中、一人で「歴代の戦術」というよくわからない本を読んでいた。絵を描くときは、何処かに苦しんでいる人間がいる。

 そして、何よりも、感情が無い。

運動会で勝っても、絵画コンクールで金賞を受賞しても、芸能界にデビューし、はじめて出演したドラマでさまざまな方面の人々に褒められても、口角を上げることもなく「ありがとうございます」と言っておじぎをする。これだけ。

 しかしあの二人が意識不明になってからは一変するようになった。何か褒められると、眉を上げ、目を大きく開き、喜び、そして両目を閉じ、口角を思い切り上げ、顔を少々傾げる。まるでアニメで、とても真っ直ぐな性格のキャラクターが笑う時の仕草のような、そういう仕草をよくするようになった。しかし私…そう、飛逹をよく使う監督からしてみれば…それはとても醜い笑顔である。

「ねぇ、飛逹君…」

 だからこそ、私は欲しいのだよ。男は笑みをこぼした。。

「ンアッ、あー」

「くしゃみですか?…全く、後もうすぐでテストなんですよ、しっかり体調管理してください。決して怠らないように。良いですね。学生に於いて大切なことの一つは体調管理なんですから」

「いえっさー」

「クソやる気の無い返事ですね。しばきますよ」

薫科哉が目を細めた。

「...悪化したらすぐに僕に言うんですよ」

「最初からそのつもりー」

「そうですか」

薫科哉はそういうと、顔をふいと背け、頭を抱えた。その時に普段は見えない耳が髪が揺れて見えたのだが、それはまるで八月頃の日差しの強い日に一時間程外にいた時くらい、赤くなっていた。

「照れてんのー」

「はぁ…飛逹君」

「ん?」

薫科哉は振り切ったように勢いよく顔を上げた。

「恋人生活、終わりにしませんか」

「え?」

 暗い部屋の中、一組の男女がそこに立っていた。空いた窓から差し込む光は無く、見えるのは星くらいであった。

「容態は」

「現状維持、だな」

「なるほど…こう言う場合って、結構多いのか?」

「まぁ…あれほどの大事故だと…多少は。だがここまでは初めてだ」

女が眼鏡の位置を直した。

「最近どうしたんだ…焦っているようだけど。…やはり、飛逹君か」

「…今の俺じゃ、力不足なんだよ」

「へぇ…?天下のマネージャー様様が、ねぇ…」

「いくら芸能人の管理は上手くても、育児までは専門外だ」

「だから結婚しよって言ったのに…」

「お前は対象外だ」

女はポケットからタバコとライターを出した。

「吸う?ここ喫煙OKだけど」

「吸わない。というか吸わないでくれ」

女は舌打ちをしながらそれらをポケットにしまった。

「本当に変わったね。前まではお前、ヘビースモーカーだったじゃん。毎日疲労が〜、とかなんとか言ってバカスカ吸ってたくせに」

「少なくとも十年は前だな」

女はまた舌打ちをした。

「はぁ…飛逹君、ねぇ…あの子を見てたら思い出すよ。アイツのこと」

「まぁ…確かに」

女は窓にもたれて、空を見上げた。「馬鹿みたいに完璧で、だけどクソみたいに人たらしで、だけどいきなり消えた、アイツに」

「…死んだの間違えだろ。新宿が焼け野原になったんだぞ、そしてそこにアイツが居たんだ。間違いない」

「いいや、アイツはまだ生きてるね。どっかで」

「医者らしくないな」

「医者だって願望を言う時はあるよ…」

「あっそ。それじゃあ俺はそろそろ帰るわ。メシ作らないと」

「は?作ってきたんじゃないの?もう九時だけど」

「今日は帰りが遅いんだよ」

「へぇ?そういうの許すんだ」

「ほら…一応これ関係だから」

男は親指を立てた。

「…わぁお…ませてんね…」

 

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