第12話 情

「ほら、たーつやー、起きてー!!」

 私は稲垣雪子。高校一年生。そして今私が起こしているのは

「んぅ…起きてるよ…」

中学一年生の加藤龍也。名前が少し硬いけど、本当はすっごい朝が弱くて無気力な子なんだよ。…そして、私の好きな人でもある。

「もー!寝癖ついてるよー?」

「うーん…」

「二度寝するなー!!」

そうして私は龍也の布団を剥ぎ取り、ベッドから落とした。

「いてっ」

「はいはいー、起きてくださーい」

「連れてって…」

「もー、しょーがないなー!」

私は龍也を引っ張り、洗面所に向かった。

「いってきまーす!!!」

「いつもありがとね、いってらっしゃい!」

「いってきます…」

「アンタは良い加減寝惚けるの辞めなさい」

龍也のお母さんは龍也の頭を叩いた。

「はー…ねむ」

「9時間睡眠で眠いはやばくない?」

「そうなの…?」

龍也は欠伸をした。

「学校サボりたい…」

「そんなことしたら同じ高校行けなくなるからね!」

「一緒の時期にいないじゃん…」

「それもそうだけど。やっぱり母校が同じって良くない?」

「そうなの…?」

龍也はまた欠伸をした。

「カーット!!」

「ありがとうございます」

「この回想シーンは特に力を入れたいから、頼むよー!!このまま行けば良いから!」

「はい!」

「しばらく休憩だから楽屋に戻っといて良いから」

「分かりました!」

 俺は楽屋に向かった。

「無気力キャラもとうとう追加されたな」

「何が?」

「いや、何でもない」

奏多が微笑んだ。

「ふーん…さっきの演技どうだった」

「良いと思うけどな。まだ恋してない、ってのが分かる感じで。接し方がお姉ちゃんって感じだったからさ」

奏多が顎に手を当ててそう言った。

「なるほど?」

「ただ、もう少し甘える態度が欲しいかな」

「甘える?」

奏多がこちらを見てニヤリと口角を上げた。

「そう、甘える」

「5、4、3、」

 2、1。腕をあげる。0。

「ねぇ、おんぶして?」

 甘える。

「ちょ、いきなり何!?」

「歩くの面倒臭い」

「頑張って歩いて。あと5分くらいでしょ!私はこれから電車を30分以上のらないといけないんだからね!」

「俺を見送らなければ良いじゃん」

甘える。

「そんなことしたら道端で倒れるか学校サボるかどっちかするでしょ!」

唇を少し突き出し、眉を少し顰める。

「別にそんなことしないし…まぁ1時間目は行かないけど」

「ほらぁ!!」

雪子が俺を膝で突く。

「だって面倒臭いだもん」

「良い加減その面倒くさがり屋卒業しないとこれから痛い目見るよ」

「別に雪子がいるから良いんじゃないの」

「〜っ!!それ、他の子に言われたら勘違いされるからね!!」

「はぁ?何を?」

雪子は顔を紅潮させ、俺の背中を叩く。

「本当に!もう!!中学一年生なの本当に!?鈍すぎるー!」

雪子が蹲る。

「雪子?大丈夫?」

俺が手を差し出す。雪子が顔を上げる。

「はぁ…ダメだこりゃ」

雪子が俺の手を取り、そのまま強く引っ張る。俺がよろけるとそのまま雪子は俺の片方の手を引っ張り、俺は壁に倒れ込んだ。

「良い?私以外に言っちゃダメだからね。女の子はね、直ぐに勘違いするんだから」

雪子が目を細め、口角を上げた。

「っ!!」

恋に落ちる。

「カーット!!!」

筈がない。

「はぁ」

 俺はソファーに倒れ込んだ。

「無理だ」

「さっきからずっと言ってるけど何が無理なのかハッキリ言いなさい」

「…恋が理解できない。あのシーンの、あの龍也の心情が理解できない」

「!…けど上手かったけど」

「あれはドラマとかを見て真似をしてアレンジしただけ。何の深みもない」

そう。いつもの暗いキャラなら心情が深くできたし、復讐に身を投じるキャラならあの戦場での味方の気持ちを表せばよい。そしてそれは深い。だけどこんな気持ちを表すことなどせず、ただただ真似をするだけでは俺の演技に深みが無い。…有名になるためにはもっと演技を向上させ、テレビに出演する必要がある。こんなのじゃダメだ。

「なるほどね…じゃあ誰かを想像してみたら?」

「想像」

「そう、友達とかを想像してみるとか」

「友達…わかった」

「取り敢えず今日は風呂入って寝な」

「うん」

俺はそう返事して脱衣所に向かった。

「ってことで俺の恋人役になって」

「うん、なんでそうなったんです?」

「ありがとー」

「おいおいおいおい、返事してませんよ」

「うん、って言ったじゃん」

「それは返事してないです」

薫科哉が眉を顰めた。

「というか、友達を思い浮かべてみるからどう曲がって友達を恋人役にする、になるんですか」

「いや、もうどうせなら恋人役になってもらおうかな、と」

俺がそう言うと薫科哉は溜息を吐きながら額に手を当てた。

「冬那ちゃんは?」

「勘違いされたら困る、周りに」

「何、冬那ちゃんのこと嫌いなんですか!?」

薫科哉は顔を上げ、目を大きく開いてそう言った。

「いや?だけど周りが面倒臭い」

「なるほど…?…いや、僕との方がもっと面倒臭くなると思いますけどね」

「ってことでまぁ、よろしくね!!」

「いや全然話まとまってないですけど!!???」

こうして俺と薫科哉の恋人生活(偽)が始まった。

「どうしてこうなったんです???」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る