第25話 さようなら、人の世よ
指定の放課後まで一体何を言われるのか、されるのか恐怖心がだんだんと頭を占拠していった。しかし頭の中全てを占拠していたのではなく、助けてくれる人がいると知っている時の光も少し。
「お待たせいたしました優さん。それで、お話とは」
「守ってくれる烏天狗はいないようだが、いいのかい?」
「ええ。彼は私が危険に晒されれば……」
優が3歩歩いて良子に近づいて来た後パァンと乾いた音が響いた。
容赦ない打撃のあまりの衝撃にバランスを崩した良子は地面に倒れ込んでしまう。
「今のでわかったんじゃないかな。来ないよ、彼。それに今のは僕という婚約者がいるのに別の男にうつつを抜かしていた罰だ。よく反省するように」
地面に倒れ込んでいた良子は反抗的なギラギラした目を優に向けた。まだ良子の闘志は折れていない。
「随分と反抗的な目だな。君、まさか僕たちの立場で自由にでもなれると思っているのかい?」
「ええ。なれます」
良子はキッパリと答えた。そして制服の汚れを払い、優に真っ向から対峙した。
「なれるわけないだろう! 僕たちは会社を大きするために厳しい教育を受け、会社に向かう旦那が仕事に集中できるように家を守るように、何かしらに縛り付けられて好きに動かされる駒なんだよ!」
優は半ば叫ぶように言葉を吐き出した。
そして最後に手に入れたくても手に入れられなかった者が最後に恨みを吐くように言った。
「僕たちに、自由なんて存在しない」
「いいえ。あります。私は覚悟を決めました」
良子はドロドロとして重たい言葉を軽やかに斬って捨てた。
「僕たちが真に自由になれるのは死んでからさ。……まさかお前、死ぬ気なのか」
「そうですね。人としては死ぬことでしょう」
「じゃあ今すぐそこから飛び降りてみろよ! 僕は無理だった。自由になろうと何度も試みたさ。でも最後の一歩が踏み出せない。なぁ、僕たち不自由どうし互いを慰めながら生きていくのもいいんじゃないか? どうしてそこまで烏丸にこだわる!」
「彼が、彼だけが、私を人として扱ってくれたから」
良子は優に背を向け屋上を囲むフェンスの方へと向かって行く。
壊れたフェンスは内側から強い力が加えられたのか外側に大きくひしゃげていた。
(まるで私を空へと導いているみたい……)
どんなに覚悟を決めても、飛び降りるのは怖い。いや、少し違うか。飛び降りて死ぬ間際に与えられる痛みが怖いのだ。別に人の世からいなくなることなんて怖くない。
良子のことを都合のいい道具以外として必要としてくれる人などたった一人を除いてこの世に存在しないのだから。
——さようなら人の世よ。楽しいこともほんのちょっぴりあったけど、大体は我慢してばかりの人生でした。
意を決して地面を蹴った。目指すのは何の事故でかは知らないが外側に大きくひしゃげたフェンス。
まるで私がとぶことを手伝ってくれるかのように都合のいい場所に存在している。
フェンスを駆け上がり、そして踏み切った。
体が宙に浮く感覚が伝わってくる。対空時間なんてたかが知れているのに、それはとても長く感じた。
目の前には真っ赤に染まる夕焼けが見える。
(あ、綺麗)
そう思った時には落下が始まっていた。あとは、地面に叩きつけられて、脳みそも内臓もぶちまけて、妖に変性できなければ終わりだ。
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