第26話 烏天狗と飛べた少女
「危ない危ない。ちゃんと間に合ったようで良かった」
飛び降りた良子に待っていたのは痛みでも、死でも内臓をぶちまけて死体となることでもなかった。
良子を助けたのは大きな黒い羽が背中から生え、顔が半分隠れる面をつけた正真正銘烏天狗の姿の烏丸天だった。
その暖かい腕の中で良子は何が起きたか分からず混乱したまま、自分を横抱きにしている烏丸を見た。
「言ったろ? 烏天狗になろうとして飛び降りたりしても飛んで助けに行くって。そしておめでとう」
「えっと、何が?」
「ほら背中背中!」
烏丸に促されて見ると、自分の背中にも烏丸と同じような黒くてふかふかした羽が生えていた。
「あ、じゃあ、私、死んでないのに烏天狗になれたの……?」
「ああ、そうだ。きっと死んででもさまざまな呪縛から逃れようとしたその精神性が今回の変性を促したんじゃないかな。ようこそ、こちら側の世界へ」
烏丸は笑顔で
「ありがとう、烏丸君。ねえ、飛んでみてもいい?」
「もちろん。飛び方のコツは風に乗ること。そして羽の付け根から羽を大きく動かすこと」
「風にのって、羽は根本から……大きく、動かす」
初めての空を飛ぶと言う行為は流石にすんなりできるものではなく、しばらくもちゃもちゃ自分でやってみたがうまく飛べず、結局烏丸に支えられながら動き、まだ問題は山積みだが、なんとか最低ラインまだ飛べるようになった。
「まて良子、親が決めた婚約はどうする?!俺一人に全て押し付けて消える気か!」
「私は、私の問題の1番の原因は環境にあると思っています。私自身ももちろん原因ですが手始めに一番簡単に変えられそうなところから変えます。烏天狗にならずと校舎から落ちてただの自殺になろうとも良かったのです。私は、私を一度捨てたのですから」
—何もかもを捨て、自分すらも捨てようとしていた私を拾い上げてくれた。
「話はそれだけかい? もうそろそろこの子連れて帰ってもいい?」
「まて!」
「優さん」
「俺だけじゃないか。俺だけになってしまうじゃないか。家に縛られ、会社に縛られ、おおよそ一般的と言われるような生活すらも望まない。そんな生活を俺一人でして行けというのか!」
優は制服のポケットにしまってあった古びたお札を良子に向かって飛ばした。
「これが当たれば烏天狗は動けなくなる。引きずってでも俺はお前を……!」
お札は良子に当たることはなかった。烏丸が一枚を除いて全て羽で起こした風でどこかへと散らしてしまったのだ。烏丸は散らさずに残しておいた札を見て、つまらなさそうに破り捨てた。
「なんだ、古すぎるね。烏天狗たちはこんなは紙切れなんかに捕まりやしないさ」
「優さん。私たちは確かに駒でした。特に男性は直接会社を継いでいく分厳しく育てられたでしょう。私も結婚し家を守るための駒として育てられました。でもね、私はその役割から逃げます。あなたが今後どうしたいかはあなたが決めることはできますよ。ずっと駒をやっていた私が言うのは違うかもしれませんが道は一本ではありません。あなたの幸せを願って、私はここから去ります。そして最後に」
良子は優に近づくと思い切り振りかぶってビンタをした。ところがここで想定外のことが起きた。強かったのだ。烏天狗に変性した良子の力はかなり強化されていた。烏天狗内では強くもなく弱くもなく、標準的な力ではあるが、栄養をまともに与えられず枯れ枝に近いような腕から出る威力ではなかった。
優はビンタをされたどころかさらに吹っ飛んで頭もぶつけたようだった。
「これでさっきのとおあいこよ」
良子はそれだけ言うと、ずっと隣で待機していた烏丸の方に手を伸ばした。
「私まだうまく飛べないの。運んでもらってもいい? 烏丸君」
「もちろんいいとも」
烏丸は良子を横抱きをして羽ばたく。その一回の羽ばたきで1メートルくらい浮いた。
「じゃあな元婚約者。こいつは俺がもらってくぜ」
吹っ飛ばされて呆然としていたが、まさかまだ呆然としているとは。優はぼうっとこちらを見つめるだけで何も言わなかった。
学校でこの烏天狗の格好だと目立ちに目立ってしまう。早いところ身を隠さねばならない。
烏丸はこの辺りのいい隠れ場所をよく知っているようだ。なので良子は逃亡先の選定は彼に任すことにしたのだ。
横抱きにされながら揺られながら運ばれていると、良子は眠くなってきた。瞼は泥のように重く、意識も曖昧になっていく。
声をかけられ気付いた時には良子は自分が熟睡してしまったと言うことに気づいて、すぐさま烏丸に謝った。
「ごめんなさい烏丸君。寝てしまってたわ!」
「ははっ大丈夫大丈夫!それよりさ、烏天狗に変性した子たちにはあげなければいけないものがあるんだ」
「なあに」
「名前。名前は生まれてから今までの自分を縛るものであるから、人間の名のままでは烏天狗になりきれているわけではないんだ。」
「へえ、そうなんだ。私ね、この名前嫌いだったの。常にいい子でいなさいって名前に縛られていると思ってた。でも、烏丸君になら任せられる」
「期待が大きいな。よし、新しい名を授けよう。『茜』。よかったらこの名を受け取ってくれないか」
「うん、うん……!」
人は生まれた時に名をもらう。そしておもいっきり泣く。だから私は、今生まれたのだ。
「そんなに泣いてたら目玉が溶けちゃう。ほら、せっかくの綺麗な茜色だ。もったいない」
「茜色? 私の目は黒のはず、だけど」
溢れる涙を拭いながらそう尋ねた。
「妖に変性した時に変わったんじゃないか。きっと変性する最期に見ていたのがその色だったんだね」
「そうなのかな。そうだったらいいな」
人間を捨てて最期に見た茜色。人生の中でただ一つ鮮やかに輝いていた景色。恨みや諦めばかりの人間生だったが、これだけは気持ちが良かった。
「茜。俺と一緒に来てくれるか」
「どこへでも。人間の人生はもういらない。だから、妖怪としてあなたと生きていきたい」
—私は妖怪の、烏天狗の茜。今日から新しい道を歩いてゆく。
烏天狗と飛べない少女 大和詩依 @kituneneko
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